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アンドロイドの献花

作者: 水掛悠紀

 爽やかな風が吹き抜け、また赤く染まった紅葉の葉を一枚落とした。

 「トモヤ、ご覧。」

 僕は『彼』に声をかけた。『彼』は振り向き僕を見ると微笑んでお茶の用意を持ってこちらへ向かってきた。

 「トワ様、どうなされました?」

 「ほら、紅葉が地面を赤く染めて行く。美しいだろう?」

 『彼』は困ったように笑い直し、すみませんと呟いて続けた。

 「私には『美しい』が分かりません」

 ◇人型ロボットの開発が大いに進められた一世紀を経た今、人類はついに人と変わらない見た目を持ち、自ら考えて行動するロボットを開発することに成功した。 だが。


 「ああ、そうだ、紅葉の葉を一枚持ってきておくれ」

 お茶をそそいでくれている『彼』に再び声をかける。『彼』は茶を注ぐ手を止めこくりと頷き、ゆっくりとした動作で庭へと向かい、葉を一枚つまんだ。

 しかし、つまもうとした葉はくしゃりと軽い音を立てて潰れてしまった。『彼』は悲しそうに笑い、申し訳ございませんと頭を下げた。

 ◇依然として『彼ら』が人に近づくにはまだ『心』という大きな隔たりがあることを我々は理解しなければならない。【読日新聞より抜粋】

 「君はいつも草花をうまくつかめないねえ」

 「申し訳ありません」

 『彼』はもう一度謝罪の言葉を口にした。僕は『彼』の額に軽い接吻をして、謝ることはないと笑った。

 「彼らも僕と一緒、生きているんだよ。それが分かる日がくるといいね」

 「はあ……」

 彼は難しい指示を与えた時より困惑した表情を浮かべ、それきり黙ったままだった。

 「トモヤ、いつか君にもきっと分かる。」

 僕はそっとトモヤの頬をなでて穏やかに、でもきっぱりと言った。

 「だって、僕が生まれた時から僕という『人間』と一緒にいるのだもの。世間では君らに『心』がないなんて言われているけど、大丈夫、分かるようになる。いとおしいということが、悲しいということが、嬉しいということが、なんなのか。辞書でひいた言葉としてではなく、体の中が震えるようにじんわりと染み出してくる感覚なんだよ。苦しいけど幸せなその感覚を、本当に君に分かってもらいたい」

 一気にそこまで言って『彼』を見れば、『彼』は僕を軽く抱き寄せた。

 「そうですねトワ様、いつか……いつか貴方と同じ世界に。」


*  目の前がかすむ。うまく力が入らない。僕は手を握り続けるトモヤを見やった。

 「トモヤ、外では今なんの花が咲いているのかな」

 「はいトワ様、今は桜が満開です。」

 春か。それにしては寒い。体の震えが止まらない。

 「トモヤ。僕はもう、そろそろこの世界からさようならだ」

 「さようなら?」

 「僕は死ぬんだよ。」


*  軽い棺桶が揺れる。私は指示されるまま黒い服を身にまとい、棺桶を担いでいた。地面に掘られた穴の前には十字架が置かれ、人々は涙を流している。

 棺桶を穴に仕舞うと、黒い服を着た人々は涙と共に花を散らした。

 「さ、トモヤ君も花を。トワを送ってやってくれ」

 トワ様の父親が、花をひと束私に渡してきた。私は困惑してトワ様の方を見やった。

 もう二度と開かない瞳。

 蝋のように白い肌。

 それらが隠された棺桶。


死。


私は唐突に胸が痛み出す感覚に襲われた。

 ああ、これが、これが、そうか。

 「これが……『カナシミ』?」

 私はゆっくりと花をつまんだ。今度は握りつぶすことはなく、棺桶の上に花は乗った。


 桜の花がさらさらと散る中、一人のロボットは静かに泣いた。【了】

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