受験の神は、女の子の未来を願う
ここは、幾多もの神様がおわす神界。普段神々はここでのんびり暮らし、神社へ訪れる人間たちの願いを聞いて、“加護”を授けている。年始はひどく忙しくなるが、それ以外は概ね平和な日々だ。
ただし、年始だけではなく、毎年冬が近づくと忙しくなる神がいる。それは「受験の神」だ。
今日も、受験の神はぼやいていた。
「だからぁ、神頼みだけしてないで勉強しろよ」
「おっ、こいつはバイト三昧か。家計が苦しいのか……って推し活かよ! したいなら合格してからにしやがれ!」
希望校に合格しますように、と合格祈願をしてくる人間たちの願いを聞いて、その背景をのぞき見ては、神はぼやく。
神は、願いをした人間に加護を与えるのが役目だ。だから人間の願いを、人間が思っている以上に神は聞き届けてくれている。
だが、その加護は決して同じではない。受験の神が与える加護は、その人間がどれだけ努力しているか、勉強しているかで決まる。賢明に勉強をしている人間には多くの加護を与える一方で、そうでない人間に対する加護は、無に等しい。
神頼みだけしているだけでは、駄目なのだ。推し活が駄目ではないが、勉強していなければ加護は与えられない。それこそが“平等”であるというのが、神々にとっての常識だ。
多くの人間の願いを聞くものの、神が多くの加護を与えたいと思えるような人間は、なかなか現れない。そのせいか、口から出るのはぼやきばかりだ。
「……あーあ。こういう一生懸命な子はいないものか」
受験の神が手をかざすと、空中に一人の人間が映し出された。そこに映っているのは、一人の女の子だ。机に向かって、一心不乱に勉強している。去年も合格祈願をして、今年も来た。大学受験に失敗して、浪人しているのだ。
浪人しても変わらない姿に受験の神は微笑むが、その直後には表情を曇らせた。映像に動きが生じて、女の子が後ろを見たのだ。その映像から声がした。
『勉強は進んでるの?』
『……うん、お母さん。順調だよ』
『そう。今年こそは合格してちょうだいよ。二浪なんてしたら、お母さんもあなたも、親戚中の笑い者よ』
『……うん、分かってます』
女の子の表情が曇り、下を向く。しかし、母親はそれに気付いた様子もなく、「しっかりね」とだけ言って、部屋を出て行く。それを見送った女の子は、目元を腕でこすった。
『がんばんなきゃ』
そう言って、再び机へ向かう。
それを見ていた受験の神は、大きくため息をついた。
「加護って、何なんだろうなぁ」
この女の子には、大きな加護を与えた。それだけの努力をしている。だというのに、この子は受験に失敗したのだ。
加護は絶対ではない。多くの加護を得ても失敗する者もいるし、少ない加護でも合格する者もいる。それを分かっていても、努力した者にはその見返りがあってほしいと思ってしまうのだ。
「この子は無理だと思いますよ」
突如、声が割り込んできた。
「なんだよ、母の神か。……無理ってどういうことだよ」
「そのまま、そういう意味です。それどころか、加護が逆転するかもしれないですね」
その言葉に、受験の神が愕然とした。
“母の神”は神の母親ではなく、文字通りに“母親の神”である。たおやかでしおらしく、一歩引いて男性を立てるような大和撫子な面を見せたと思ったら、般若のように怒ることもある。
と思ったら、世話焼きな面も見せたりと、そのときの気分によって見せる姿がまったく違うので、付き合う方は大変な苦労をする。
可能なら素早く会話を終わらせたい受験の神だったが、「加護が逆転」と言われては、そう簡単に引き下がれない。
「――なんでだ」
「分かるでしょう? この子は母親に抑圧されています。勉強して努力していても、それが向かう先は自分ではなく母親。自身のために努力していない子の努力が、報われるはずがないのですよ」
受験の神がギリッと歯ぎしりした。分かっていてもどうすることもできなかったことを、真正面から突きつけられた。
「そんな子にあなたは多くの加護を与えました。……けれど、加護の効果は発生しません。他人のための努力では加護は無意味であるどころか、抑圧されて押しつぶされて、どこかで爆発し逆転します」
神の加護。だがそれは、道を間違えば呪いに変換してしまう。
正しい道を歩めば、努力して得た多くの加護はその人間を成功へと導き、幸運な人生を送ることができるだろう。
だが、道を誤れば加護は逆転する。その加護が多ければ多いほど、自分自身を、周囲まで巻き込んで自滅への道を歩むことになる。
「この子が、その道を進んでいるというのか」
「ええ。私は母の神ですから分かります。子の気持ちを思うのも母の役目。この子は母に言われるがままに動いて、自分を見失っています。進む道は自滅です」
受験の神は、チッと舌打ちした。「子の気持ちを思う」と言いながらも、淡々としている。どこが「思っている」のかと文句を言いたくなる。
「何とかしろよ」
「無理ですよ。この母親に加護を与えても、その瞬間に逆転します。そもそも、あなたのように特定の人間に思い入れるのは、やってはいけないことです」
「……分かってるけどよ」
神は人間に対して平等でなければならない。特定の人間を贔屓してはいけない。ほとんどの神は、それを当たり前にやっているが、受験の神はどうしてもそれができない。「努力しているのに報われなかった」人間を、多く見過ぎてしまったからだ。
どうしても、どうにかできないのかと、何かできることはないのかと、思ってしまう。
「ダイジョーブ! 介入していいってさ!」
受験の神と母の神の背中にタックルしてきたのは、「子の神」だ。ニコニコと笑顔で母の神に抱き付いている。
「離れなさい」
「あ、今日は駄目な日?」
冷たい母の神の言葉に、ヘラヘラ笑いながら離れる。「子の神」つまりは「子どもの神」は、今日は甘えたい日らしい。母の神と同じく、子の神も日によって態度が変わるから、付き合いが難しい。
「それより、介入していいって?」
受験の神は、気になった単語を反芻する。すると、子の神は真面目にうなずいた。
「うん、この子ボクも気になってたからさぁ。オカーサンに聞いたんだよ。そしたら、このままじゃヤバそうだから、介入オッケーだって」
「よっしゃ」
受験の神は、右手で作った拳を左手の手の平で受け止める。パシッと気持ちのいい音がした。
ちなみに「オカーサン」とは、神たちの中でも最高位にある存在のことである。本当に母親なのかあるいは父親なのか、まったく関係ないのか、数多いる神たちにも分からない。呼び方もバラバラだが、口にすればその言葉が最高位の存在を示すのだと、なぜか分かるのだ。
「介入ですか。けれど、難しいですよ」
母の神が悩ましい顔を見せた。
特定の人間を贔屓してはいけない。けれど、例外もある。与えた加護が逆転し、その結果として人の世に大きな悪影響を及ぼしてしまいそうなときにのみ、神たちによる介入が許可される。
しかし、どの神が加護を与えるかは、神たちが考えなければならない。それを誤ってしまえば、及ぼす影響はさらに悪化する。
「母の加護は逆転の可能性が高い。子の加護も……」
「うん、逆転するだろうね。そうじゃなくても母親に押しつぶされてるんだから。親の言うことに従うのも、子どもだよ。それが強くなるだけ」
「……だよなぁ」
受験の神は腕を組んで考え込む。
「父親は……意味ないな。出張出張でずっと家にいないし。兄妹はなし。親戚はみんな成績良好で、いいとこ入ってるからなぁ」
だからこそ余計に女の子へのプレッシャーになっている。
「まずは受験合格が一番ではないですか? 母親から離れて、外で人間関係を築いてもらうためにも」
「んなこと言ってもな」
母の神の言葉に、受験の神は眉を寄せた。受験の神に、受験を合格させる力があるわけではない。合格するのは、あくまでも女の子でなければならないのだ。
だが、母の神は何かを思いついたように、ニンマリ笑う。
「ですから奇跡の加護を授けてもらいましょう」
受験の神は、あんぐりと口を開けた。
「……またそんな博打を」
「ええ。けれど、加護が多ければ多いほどに、奇跡の加護も効果が強くなります。逆転してしまったときが怖いですが、とりあえず受験に合格しなければ話になりません」
「……まぁな」
合格すれば、母親の抑圧もひとまず落ち着くだろう。加護の逆転が起こる可能性は低くなる。
奇跡の加護の逆転は、起こってしまえば本当に脅威だ。正の方向へ働く奇跡が、負の方向へと働くのだ。周囲の人間だけではなく、一つの街、下手をすれば国一つを連鎖的に巻き込んでしまうこともある。
「で、その後は? ああいう母親って、キリがないぞ。次から次へと押しつけてくる」
受験合格は、あくまでも一時しのぎだ。根本的な解決には至らない。抑圧が続けばどうなるかは分からない。奇跡の加護を与えるならなおさら、逆転させてしまうわけにはいかない。
「ええ、分かっています。だからその後は、大学で同じ悩みを共有できる友だちができるとか。母親がぐうの音も言えないような配偶者が現れて、女の子を母親の元から攫ってくれるとか」
「そんな上手い具合にいくわけが……」
言いかけて、気付いた。子の神が「あ」と手を叩いた。
「「縁結びの神!」」
受験の神と子の神の声が揃った。
人間たちは「縁結び」を恋愛と結びつけがちだが、神たちの意識では「人と人との良縁」だ。配偶者も友だちも、立派な「縁」だ。
「よし決まりだ」
「ボク、声をかけてくるよ」
子の神は、そう言うと姿がフッと消えた。素早い。奇跡の神と縁結びの神に話をしにいったのだろう。女の子は、まだ子の神の加護の圏内だ。最高位の存在へ聞いていたことといい、もしかしたら受験の神以上に、強い思いがあるのかもしれない。
受験の神は、映像を見る。必死になって勉強している女の子が映っている。声がした。
『ああもう分かんない。どうしようこんなんじゃ……。お母さんに怒られちゃうよ』
それは泣き声だった。けれどすぐ、女の子は腕で乱暴に目を拭うと勉強を再開している。見ている母の神が、ポツリと言った。
「母の形は色々ありますが……。どんな形でも、母親は子どもにとって最後の砦であり、甘えて頼れる存在であってほしいんですけどね」
「言ったってしょうがないだろ」
受験の神が返す言葉にも力がない。同感と思うからこそ、切なくなる。この子の未来が明るいものであってほしいと、望まずにはいられないのだ。
神は人間の願いを聞いて、加護を与えている。
人間たちの行く末が希望に満ちたものであることを、願っている。




