第9話 チートでスライムをテイムしたら可愛すぎて即メロメロ
「……いやいやいや、ここ本当にダンジョンか……観光地じゃねぇの……?」
驚きに満ちた声を漏らしながら、カナタは周囲に目を向けた。
草原のあちこちに、人影が見える。
子どもと言ってもおかしくない年齢の冒険者が、木の棒を持って歩いているし、
初心者っぽい若者たちが、ぎこちない足取りで草原を探索していた。
緊張した表情ながらも、命の危険が迫っている気配はまったくない。
(……これが“1階層”……。
ゲームで言うならチュートリアルエリアってやつか……)
空気は清々しく、風は穏やか。
鳥の鳴き声さえ聞こえてきそうなほど、おだやかな雰囲気が広がっていた。
カナタは草原へ一歩踏み出す。
靴裏に伝わる草の柔らかさ。
ほんの少し湿った土の感触――すべてが生々しく、自然そのものだった。
(……外は洞窟の入口だったのに、中はこの開放感……
転移した時を思い出すような感じ……このダンジョンはまるで異世界の中の異世界だな……)
草原のゆるやかな斜面を進んでいくと、前方からかすかな破裂音が聞こえてきた。
──ぷるんっ。
「……ん?」
耳を傾けた瞬間、視界の端で“丸い何か”が跳ねた。
透明感のある青い塊が、ぷよん、ぷよんと弾むように移動している。
太陽光のようなダンジョンの光を反射して、ゼリーのようにきらきら輝いていた。
(……あれ、絶対スライムだろ……)
ゲームでは最弱モンスターの代名詞。
だが、実物を目にすると印象がまるで違う。
まんまるで、つるんとしていて、動きもぷるぷるしていて──
(……かわいすぎるだろお前!)
思わず胸を押さえる。
少し離れた場所では、初心者らしい少年少女が木の棒を構え、スライム相手に練習していた。
スライムはぴょこんと跳ねて少年に体当たりするが、威力はほとんどない。
少年たちは「ぎゃっ、こっち来た!」と笑いながら逃げ回っている。
(うわ……なにこれ……“ほのぼの攻防戦”すぎる……
あんなに頑張って攻撃してるのに、誰ひとり本気で怯えてないな……)
スライムが跳ねる草原の一角では、初心者らしい冒険者たちが訓練をしていた。
「せいっ!」「火球!」
剣を構えて斬りかかる少年、
小さめの火球を投げる少女。
スライムはぷよん、と間の抜けた音を立てて跳ねる。
何とか避けたり、逆にぽよんと体当たりしたりしているが──
その姿はどう見ても“必死に生きているだけ”だった。
(……え、ちょっと待て。
あんな可愛いスライムを練習相手にして倒すのか……?
異世界人って思ったより残酷だな……?)
少年の木剣と少女の火球が同時に当たり、スライムの身体が大きく震えた。
しゅわっと音を立てて溶けるように崩れ、地面には小さな魔石だけが残った。
(スライムだって必死に生きてるんだ……それを倒すなんて……ウォオマエラニンゲンジャネェ!
……とは……流石に言えないな……)
その瞬間、カナタは静かに誓った――自分だけは絶対にスライムを倒さない、と。
すると、タイミングよく、少し離れた場所に“ふわふわ跳ねるスライム”が一匹。
さっきの戦闘練習から逃げ延びたのか、孤独に草をつついていた。
その様子を見た瞬間──
「……テイムしてみるか……? 俺のチートなら、できるかも……」
ぷる……ぷるる……
草の陰で震えていたスライムは、カナタが近づいた瞬間、はっと気づいて体を大きく揺らした。
次の瞬間、恐怖に突き動かされたように全力で飛びかかり、ぽよん、ぽよんと必死の体当たりを繰り返した。
(……こんな必死なのに、衝撃ほぼゼロって……かわいそうだなお前……)
周囲を見渡す。
他の冒険者はいない。誰も気づいていない。
(よし……今だ……)
カナタは震えるスライムのぷにぷにした身体にそっと手を置いた。
「テイム」
淡い光がふっと収まると、スライムは震えを止め、カナタをじっと見上げた。
次の瞬間、安心しきったようにぷるんと跳ね、ぽよん……とカナタの膝の上に乗り込んできた。
(……お、おおお……
なんだこの尊さは……)
膝の上でぷるんと揺れるその小さな温もりに触れ、カナタは思わず息を呑むほどの可愛さに胸を打たれた。
(……撫でてみるか? 喜んでくれたらいいんだけど……)
カナタが撫でた瞬間、スライムは小さく震え、その透明な身体全体がふるふると揺れた。
まるで嬉しさを抑えきれないかのように、体内の光がほんのり明るく脈打ち、ぷにぷにとした弾みで何度も小さく跳ねてみせた。
(……かわいすぎる……もうダメだ……
よし、こいつが安心して暮らせる“場所”を作ってやるか……俺のチートならできるだろ……)
思考した瞬間、カナタの視界に半透明のウィンドウが展開される。
《新規機能:モンスターファーム
モンスターの飼育に適した仮想空間を生成できます》
「生成」
カナタがそう言うと、スライムの周囲に淡い光がふわりと広がった。
次の瞬間──
スライムが光の粒となって吸い込まれるように消え、
新たな“仮想空間”へと転送された。
(……うお……本当にできた……
すげぇ……スライム専用の安全な飼育空間……)
カナタの視界には、ミニチュアの草原空間のような映像が映っている。
そこには先ほど保護したスライムが、安心したようにぷにぷに跳ねていた。
(……よし。スライム、お前は今日から俺の仲間だ……)
カナタは胸の奥でひとり静かに勝利のガッツポーズを決めた。
(……かわいい……ほんと可愛いなこいつ……
よし、まず、こいつが安心して暮らせる空間は確保した。
となると次は……餌だよな)
思い立ったカナタは、思考をひとつ切り替える。
それだけで視界に半透明のウィンドウが浮かび上がる。
《検索:スライムの飼育方法》
まるでスマホを扱うような感覚で思考操作すると、
画面がぱぱっと切り替わり、必要な情報が自動で並んだ。
《スライム:魔力を多く含む物質を好む》
《特に“魔石”が高い嗜好性あり》
《一定量を与えると安定し、成長速度が上がる》
(……なるほど、魔力が多いもの……
じゃあ“魔石”がベストってことか……)
カナタは軽く息を吸い──
「生成」
彼の手元の空間にぱん、と小さな光が弾ける。
「……こんぐらいあれば十分だろ……」
生成した魔石は軽く100個はある。
その瞬間、空気中に細かな光の粒がふわりと巻き起こり、まるで匂いに釣られたかのように一点へ集まりはじめた。
そして──光の中心がぽうっと膨らみ、形を変え、
最後にふわりと弾けるようにして一匹のスライムが姿を現した。
光が収まった直後、スライムはぷるんと跳ね、まっすぐカナタの足元へ。
体を震わせながら、生成されたばかりの魔石を欲しそうにじっと見上げていた。
(……ちょ、待て……モンスターファームって“自分の意思で出入りできる仕様なのか……
そんな自由度あるのか……まあ、モンスターに自由があることはいいこと……か……?)
「魔石の匂いにつられて出てきたのか……?」
スライムは嬉しそうにぷるぷる震え、ぽよんと跳ねて魔石に飛びついた。
その仕草があまりにも健気で、カナタは思わず口元を緩めてしまう。
(……かわいすぎるだろ……
喜び方が健気すぎるんだよ……)
魔石を次々と吸い込むスライムは、
まるでおいしいお菓子をもらった子どものように、
体をぷるぷる跳ねさせている。
その反応を見ているだけで、カナタの胸は自然と温かくなっていった。
(よし……餌の確保は問題なし。
この子、今日からお前は絶対に俺が幸せにするからな……)
膝の上で嬉しそうに震え続けるスライムを見つめながら、
カナタは密かに、心の中で固く誓った。
スライムに魔石を与え一段落ついたカナタは、ふっと空を見上げた。
草原の光は相変わらず穏やかで、時間の流れさえゆっくり感じる。
(……さて。スライムも落ち着いたし、そろそろ本題に戻るか……)
今日の依頼は“薬草採取”。
ギルドで受けた、れっきとした初仕事だ。
(……よし、まずは薬草の位置、探さないとな……)
カナタは軽く息を吸う。
「サーチ」
その瞬間、視界にぱっと青い魔法陣のような光が広がり、
草原一帯の立体マップが浮かび上がった。
地面に潜む魔力の反応が光点となり、草の影に潜む薬草が一目で分かる。
「うわ……便利すぎるだろこれ……」
驚きながらも、カナタは目当ての光点に意識を向ける。
(……じゃ、行くか……)
足元の景色が一瞬ふっと揺れ、
次の瞬間には目的地の草むらへ瞬時に移動していた。
「……うお!? これが……テレポート……」
草の陰には、ミント草と呼ばれる淡い緑色の薬草が群生している。
ひとつ摘むと、爽やかな香りがふわりと立ち上がった。
「うわっ、なにこれ……完全にRPGの初期素材だろ……」
そう呟きながら、カナタはテンポよく採取を進める。
スキルで位置を探り、行き先へ一瞬で飛び、見つけた薬草を摘み取る──
ただその作業を繰り返すだけで、草原に散らばった薬草が次々と手元に集まっていく。
かかった時間は、ほんの数分だった。
「……よし、ミント草10束。依頼分はこれで完了だな……」
薬草の束をインベントリにしまい終えると、カナタはダンジョンの草原をぐるりと見渡した。
光は穏やかで、風も涼しく、初めて来たとは思えないほど居心地がいい。
(……よし、依頼も終わったし、そろそろ帰るか……)
軽く息を整え、行きたい場所を強く思い浮かべる。
(……ダンジョンの出口近くへ)




