第3話 神様のミスで死んだらしい俺、来世で“望むもの全部叶える”と言われる
──……おかしいな。なんで君が、ここに……?
低く響く声が、白い空間のどこからか漏れた。
方向も距離もわからない。
(……誰だ? 今の声)
カナタは反射的に振り返る。
しかし、そこには──誰もいなかった。
真っ白な地平。
上下も境界もなく、何も生まれない“静止した白”。
(……え、どこから声してんだ? 後ろ……じゃない? 横でも前でもない……なんだこれ……)
困惑して周囲を見回すが、影ひとつない。
なのに、声だけは続いた。
──いやいや、そんなはず……君の“予定”は、まだずっと先の……
──あれ? 記録……ズレてる? なんでだ……?
(……俺のこと言ってるよな? 絶対に俺の話しているよな?)
その声は、ひとりで勝手に話し続けている。
──いや待て、落ち着け……まだ亡くなる時間じゃない……
──だいぶ後だぞ? リストの管理は……いや、でも確かに“来てる”……?
──どういうことだこれは……
(いや俺に説明して……頼むから俺にも説明して……)
カナタは、ためらいながらも口を開いた。
「あの……すみません……」
声を出した瞬間、空気がぴたりと止まった。
次の瞬間、どこか近くで、はっと息を呑む気配。
──……あ。
──……君、気づいていたのか。
声が、ようやく“こちらを向いて話した”ように聞こえた。
そして、少しだけ気まずそうな、申し訳なさそうな調子で続く。
──すまない。
──驚かせるつもりはなかったんだが……状況が、ちょっと理解できなくてね。
(いや俺のほうが理解したいんだけど!?)
──……カナタ君、だよね?
「……はい、カナタですけど……」
姿は見えない。
気配もないのに、言葉だけが耳元に直接触れてくるような感覚があった。
「えっと……さっきから喋ってるあなたは……誰なんですか?」
ほんの一瞬、空気がゆるく揺れた。
──ああ、私か。私は神様だ。
「……神様……?」
その単語を口にした瞬間、胸の奥がわずかに震えた。
宗教や伝説の中だけにいるはずの存在が、本当に“ここにいる”。
見えないのに、確かに語りかけてきている。
(……神様って、本当に……いるのか)
神様の声は落ち着いていたが、どこか申し訳なさを含んでいた。
──困ったことになっていてね。
──カナタ君は、本来“90歳”で亡くなる予定なんだ。
「……90……?」
(俺はあの生活と、あの会社と、あの精神状態で90歳まで生きる予定だったのか……)
想像しただけで背中が冷える。
その未来のほうが異常だと思えるほどだった。
──ところが、君は“31歳”の段階でここに来てしまっている。
──予定と大きく違っているんだ。
「……俺……31で死んだんですか」
言葉にすると、妙に現実味が出た。
──ああ。それが、こちらの……完全なミスでね。
静寂の中に、淡々とした謝罪が落ちてくる。
ミス。
とんでもなく大きな存在が扱う“寿命”というものを、ミスで誤って処理された。
その事実が、じわりと胸を締めつけた。
(……俺、ミスで死んだのか)
怒りも悲しみもまだ形にならず、ただ感覚が追いつかない。
──原因はまだ調査中だが、ひとまず確実なのは……
──君が本来の寿命を迎える前に“誤ってこちら側に送られてしまった”ということだ。
──本当に、すまない。
(ブラック企業に削られて、彼女にも裏切られて、生活なんてずっと泥みたいで……そのうえ31歳で神様にミスで殺される……ほんと救いようのない人生だったな…
…こうして振り返ると、俺の人生下ぶれすぎだろ……日本の中でもワースト1%に入ってそう……)
「……じゃあ、その……これから俺は、どうなるんですか」
自分が“ミスで死んだ”という事実は、まだ身体に馴染んでいない。
けれど、この白い空間に永遠にいるわけにもいかないのは分かっていた。
神様の声が、一拍だけ間を置く。
──そうだね……それを伝えなくてはな。
淡々としているのに、その奥に迷いの揺れが見えた気がする。
──本来の寿命より大幅に早く死に至らせてしまった以上、何の補償もなく“はい終わり”というわけにはいかない。
──だから……次の“来世”では、君の望むものを、できる限りすべて叶えようと思う。
「……望むもの、全部?」
──ああ。現世での損失が大きすぎるからね。
──可能な範囲で、本当に何でも。
「……何でも、って……本当に?」
自分の声は驚きよりも乾いていた。
けれど、その乾きの裏側に、どこかで抑えていた何かがじくりと動き出す。
神様は静かに続ける。
──うん。叶えられる限りは全部。遠慮しなくていいよ。
その一言が、無音の空間にすっと吸い込まれた瞬間。
カナタの中で、何かがゆっくりと外れた。
(……何でも、か)
そう思った途端、押し込めていた欲望が堰を切るように浮かんできた。
「魔法全部使える身体が欲しい
無詠唱で自由に撃てる力も欲しい
魔力量は限界突破で底なしがいい
身体能力は誰にも負けないやつ
疲労ゼロでいつでも動ける体
怪我しない病気しない頑丈さ
見た目の若さが保てる体質も
鑑定とか索敵とか全部欲しい
収納魔法みたいなのも使いたい
お金と素材が困らない程度の力
ある程度の物質生成能力が欲しい
致命傷でも死なない反射防御
世界イベント運を少し上げたい
危険だけ避ける最低限の幸運が欲しい
女の子に変に嫌われない魅力も少し
魔法耐性も全部最大にしてほしい
精神攻撃とか効かない強さも欲しい
状態異常を完全無効化したい
ステータス制限を全部解除してほしい
どんな武器も扱える適性が欲しい
スキル習得の成功率を最大にして
見ただけで技を覚える才能が欲しい
闘争本能を制御できる余裕も欲しい
力の暴走を防ぐ自動制御がほしい
ミスしても即座に修正できる能力
どこでも安全に眠れる環境耐性が欲しい
食事と水分の必要量を減らしてほしい
敵意を察知する感覚がほしい
危険領域で自然に回避行動できる反応
戦闘以外の生活スキルも満遍なく欲しい」
「……以上です」
長い沈黙が落ちた。
白い空間に、カナタが吐き出した“要求の山”だけが残る。
神様はしばらく黙り込んでいたが、やがて静かに言葉を落とした。
──……なるほど。なんとなく、わかったよ。
「なんとなく!?
俺の次の人生が“なんとなく”で処理されるの嫌なんですけど!」
焦りが混じった声が白に吸い込まれる。
しかし神様は、なぜか落ち着いたままだ。
──大丈夫大丈夫。細かいところは……まあ、行ってからだね。
「ちょっと待ってください!?
行ってからって何が!? まだ話の途中──」
──じゃあ、転移処理を開始するよ。
「いやいやいやいや、早っ……! ちょっと、まだ──」
神様の声が、初めて“仕事モード”のような無機質な響きを帯びた。
──ミスで死なせてしまった以上、これ以上ここに長く置くのはルール的にマズいんだ。
──細部の調整は向こうで反映させる。安心しなさい。
「ミスで殺しておいて安心しなさい!?安心できるわけないだろ!」
足元の白が、液体のように揺らぎ始める。
視界の端から光の粒子が溢れ、渦を巻きながらカナタを包み込んでいく。
「ちょ、ほんとに待って……まだ聞きたいこと──」
──ああ、それじゃあ……頑張ってきてね、カナタ君。
「頑張れって何を!? これから何が──うわっ──」
叫びの途中で、カナタの身体はすとんと白い底へ吸い込まれるように落ちた。
──……まあ、大丈夫だろう。
──要求は全部、記録しておいたし。
最後に聞こえた神様の声は、ほんのわずかに面倒くさそうで──
次の瞬間、世界がふっと途切れた。




