第10話 チートで山の秘宝を発見し、馬モンスターまでテイムする
名残惜しさを胸に、カナタは洞窟の出口に足を踏み入れる。
──ぱあっ。
視界を満たす光が一気に広がる。
草原階層の淡い光とは違う、太陽そのもののような明るさ。
外へ出たその瞬間、ひんやりした風が頬を撫でた。
「……おお……」
言葉が自然と漏れる。
目の前に広がっていたのは──
ダンジョンの中とはまったく別次元の大自然だった。
遠くまで折り重なる山々。
その山肌を彩る濃い緑の木々。
眼下には広大な草原が広がり、風が走るたび波のように揺れている。
都市の裏手にこんな景色があるのかと疑いたくなるほど壮大だった。
(……これ、観光雑誌に載ってる絶景よりすごい気がするな……)
空はどこまでも青く、雲は手を伸ばせば触れそうなほど低く見える。
風は草と土の匂いを混ぜながら、どこか懐かしい感覚を運んできた。
カナタは思わず深呼吸をする。
(……空気うっま……これが異世界の自然か……)
世界が変わるだけで、空気の味まで変わるなんて想像もしていなかった。
足元の草はつややかに光り、吹き抜ける風が音を奏でる。
まるで大自然そのものが歓迎しているかのように穏やかな気配が満ちていた。
(ダンジョン内も衝撃だったけど……外の景色も負けてねぇな……)
胸の奥で、じわじわと冒険心が膨れ上がる。
(……よし。せっかくこんな絶景なら……上からも見てみるか……)
山の稜線を見つめながら、カナタはそっと右手を握りしめた。
胸の奥で、まるで子どものころに戻ったようなワクワクがじわりと膨らむ。
「透明化」
そう言った瞬間──
カナタの身体がふっと軽くなり、空気に溶けるように輪郭が薄くなっていく。
足元を見下ろすと、影すらぼやけて消えている。
「……おお……本当に消えてる……」
姿を消した興奮そのままに、カナタは次の行動へ移った。
「浮遊」
意識を切り替えた瞬間、体が“重力から解放される”感覚が全身に走る。
足が地面からふわりと浮き、重力が半分以下になったような心地よさが広がる。
そのまま、ゆっくりと高度が上がっていく。
「……すげぇ……」
景色が変わっていく。
草原、道、遠くの街並み……視界はどんどん広がっていく。
まるでドローンになって世界を見下ろしているようだった。
やがて、カナタの体は木々の高さを越え、山肌とほぼ同じ目線に達した。
風は少し冷たく、空気は澄んでいて、
肌に触れるたびに「生きている」ことを実感させてくる。
(これ……やばいな…… チートで見る自然、今まで見てきたものとはレベルが違いすぎる……)
思わず笑みがこぼれる。
カナタは風に乗るように体を傾け、
山に沿って滑るように空を漂い始めた。
木々のざわめきが下から伝わり、
少し先に見える岩場が太陽光を反射して白く輝く。
その瞬間、山肌の陰から何百羽もの巨大な鳥の群れが一斉に舞い上がり、空を覆う迫力の風切り音が波のように押し寄せてきた。
(ほんと……映画のワンシーンみたい……異世界って、すごいな……)
浮遊しながら、ただこの世界の美しさに酔いしれる。
(……よし、このまま山の上を飛びながら探索してみるか……)
カナタは再び視線を山の奥へ向け、そっと高度を上げていった。
木々の隙間、岩の影、谷間の流れ──どれも絵画のような色合いで鮮やかだ。
(……せっかく来たから、お宝とかねぇかな……)
軽い気持ちで思考を切り替えた瞬間、視界に半透明の“探索マップ”が広がる。
山全体を覆う光のレイヤーのように、地形と魔力反応が一望できた。
その中で──ひとつだけ、異常に強い光点があった。
(……あれ……なんだあの反応……異常なまでに強いな……)
普通の薬草や小動物とは明らかに違う、濃く、太い光。
まるでライトを直接ぶつけたかのように、その一点だけが輝いている。
(……俺のお宝レーダーも反応してるし、行ってみるか……)
そう思ったとき、カナタの体はふわりと空間から消え、
次の瞬間には、山の中腹にある小さな開けた場所へ瞬間移動していた。
そこには一本の木が静かに立っていた。
幹は太く、皮はゆるやかにねじれ、
枝先には、信じられないほど真っ赤な果実が──ひとつだけ光っている。
風が吹くたび、赤い果実はふわりと輝くように揺れた。
「……なんだこれ、やば……」
カナタが近づいた瞬間、視界にウィンドウが表示される。
【APPRAISAL】
▷ 名称:百年紅玉リンゴ
▷ ランク:B
▷ 効果:百年間、一度も枯れず実り続ける希少果実。
▷ 備考:味・香りともに規格外。高位貴族や王侯が競売で奪い合うレベル。
(百年……!? いわゆるファンタジー食材か……)
思わず二度見するほどの説明だ。
果実から漂う甘い香りは、普通のリンゴとは比べものにならない。
空気ごと甘くしてしまうような濃厚な香りが、胸にふわっと満ちてくる。
(……リンゴ!食べずにはいられないッ!)
カナタは軽く手を触れた。
すると果実はするりと枝から外れ、彼の手の中に収まった。
小さく息を吸い、
そして──
シャクッ。
ひとかじりした瞬間、視界が一瞬白く弾けた。
「……っっ!!??」
全身の神経が一斉に甘みを理解するような衝撃。
瑞々しさが爆発し、果汁が喉から胸へ広がる。
甘いのに全くくどくなく、香りが鼻から抜けるたび体が軽くなる。
(……うまっ……これ反則だろ……
異世界の食材って、完全に現代の食材を超えているな……)
そのまま一気に半分食べてしまい、思わず深く息を吐く。
(……幸せってこういうことなんだな……)
残りの果実を大事にインベントリへ入れると、
カナタは満足げに空を見上げた。
(……次は草原のほうに行ってみるか……)
百年紅玉リンゴの余韻がまだ舌の奥に残っているなか、
カナタはゆっくりと空へ浮かび、草原の方向へと滑り出した。
山の稜線を越えると、一気に視界が開ける。
そこに広がっていたのは、どこまでも続く緑の海だった。
風が吹くたび、草が波のように連動して揺れ、
太陽の光がその波に反射してキラキラと光る。
(……すげぇ……こんな草原、日本じゃ絶対見れない……
異世界の自然、なんでもデカくて綺麗すぎるだろ……)
軽く息を吐いて地面へ降りると、足元をふわりと柔らかい草が受け止めた。
そして──視界の先に、二つの影が見えた。
「……お?」
草を食んでいる、茶色い馬のような生き物。
ただし普通の馬と違い、足の先に淡い魔力が漂い、
鬣が風に光を反射してキラキラ揺れている。
(……モンスターだよな、コレ……とんでもなく美しいな……)
【APPRAISAL】
▷ 名称:ウインドホース
▷ ランク:D
▷ 属性:風
▷ 特徴:軽い魔力を纏い、通常の馬よりも速く走る。
▷ 性質:温厚で人懐っこい。群れで行動する。
▷ 備考:荷運び・騎乗いずれにも適性が高い優良モンスター。
(やっぱりモンスターか……それに、めっちゃ優秀じゃんこいつら……)
ふたりは仲良く並んで草を食べており、
完全に警戒心ゼロという平和な空気をまとっていた。
(……これ、テイムするか……スライムにも、友達が居たほうがいいだろうし……
馬モンスターなんて、なんぼあっても良いですからね……)
カナタは静かに手をかざす。
「テイム」
ふわりと空気が揺れ、二体の馬型モンスターの周囲に光の粒が舞いはじめる。
最初は驚いたように首を振っていたが、すぐに穏やかな表情になり、
まるで“理解した”かのようにこちらへ歩いてきた。
「……お……できた……本当にチート万能だな……」
馬型モンスターは二体とも、カナタの前でしゃがみ込むように頭を下げた。
まるで「よろしくお願いします」と言っているような仕草だ。
(か、可愛い……お前らも可愛いのか……強そうなのに、素直すぎる……)
光の粒がふわりと包むと、二体はゆるやかに淡く光り──
そのままモンスターファームへと転送された。
最後に残った光が消えると、草原には再び静かな風だけが吹き抜けた。
(これで馬型モンスターも仲間か……
スライムに馬……モンスターファームがどんどん賑やかになるな……)
自然と笑みがこぼれる。
(……あとは……ちょっと休むか……)
カナタは草原の中央あたりまで歩き、その場にそっと腰を下ろした。
風が、音を立てずに草を揺らしていく。
太陽の温かさと、どこか涼しさを残した風のバランスが絶妙で、
この世界の自然そのものが心を撫でてくれているようだった。
(……やば……気持ちよすぎだろ、この草原……)
カナタはそのまま後ろに倒れ込むようにして寝転んだ。
ふわり、と背中を包み込む柔らかな草。
香りはほのかに甘く、湿気もベタつきもなく、
ちょうど良い温もりだけが体を優しく受け止める。
空は、どこまでも澄んだ青。
雲がゆっくり流れ、その形が変わるのを見ているだけで、
全身がゆるゆるとほどけていく。
(……何これ……ストレスが全部吹っ飛ぶ……
ああ……“解放”って言うのはこういうことを言うんだな……)
日本にいたときに抱えていた疲れも、
日常のストレスも、何もかもが遠くへ溶けていくようだった。
風が髪を撫で、
草原の香りが呼吸のたびに胸へ広がる。
(……マジで最高だ……異世界、最高……)
ゆっくりと瞼が落ちていく。
眠気がふわりと広がり――
そのままカナタは心地よい昼寝へと落ちていった。
* * *
どれくらい眠ったのか。
草の揺れるやさしい音でカナタは目を覚ました。
「……あぁ……よく寝た……」
体は軽く、眠った分だけ疲れが全部抜けている。
天気はまだ穏やかで、風も気持ちいいままだ。
(……今日の外探索はここまでにするか……)
カナタは立ち上がり、背伸びをひとつすると、
インベントリにしまった薬草の束とリンゴを確認した。
「……完璧だな……街に帰るか……」




