表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/22

残響としての責任

**降りられなさの詩学・宣言

――終わらないものを終わらせないために――**


私たちは、

終わったことにされる前に、

終わらなかったものを残す。

決めたと言い切らず、

任せたと言い逃れず、

果たしたと言い張らない。

沈黙を欠如とみなさず、

遅れを失敗と呼ばず、

残ったものを隠さない。

責任は軽くしない。

ただ、軽くしたふりをしない。

この宣言は、

行動を促さない。

結論を与えない。

責任は、

果たされることによって終わるのではない。

むしろ、

果たされなかったときにだけ、

その輪郭が現れる。

それは、

声ではなく、

声の後に残る空気の揺れのようなものだ。

誰かが判断し、

誰かが決め、

誰かが説明したあとで、

なお消えずに残るもの。

それは、

行為の中心ではなく、

行為の縁に沈殿する。

引き受けられなかった時間、

言い損ねた言葉、

立ち上がらなかった問い、

断絶のまま残った関係。

それらはすべて、

責任の「残響」である。

残響は、

誰かを直接責めることはない。

しかし、

誰も完全には自由にしない。

それは、

制度にも記録にも残らず、

ただ身体の中に滞留し、

生活のどこかで形を変えて現れる。

残響は、

責任の失敗ではない。

責任の延長でもない。

それは、

責任が完了しなかったときにだけ生まれる、

関係の余白に宿る現象である。

そして、

その余白こそが、

私たちが降りられなかった場所の痕跡となる。

残響は、

語られないまま続く責任であり、

責任が語彙の外へ押し出されたときにだけ

静かに立ち上がる。

それは、

終わらなかった責任の、

もっとも小さく、

もっとも確かな形である。

ただ、

あなたが次に何かを語るとき、

その語の手前に

ほんのわずかな沈黙が生まれるなら、

それがこの本の続きである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ