降りられない人間と、降りられるAI: 主体性・責任・技術・民主主義の境界に関する試論
Ⅰ.序論:問題設定
AIの高度化に伴い、「AIに主体性や責任を与えるべきか」という問いが繰り返し提起されている。
しかし本稿は、この問いそのものが誤った前提に立っていると考える。
主体性も責任も、
身体を持つ存在が世界との関係に巻き込まれ、降りられない状況に留まり続けること
から立ち上がる。
AIはいつでも停止・更新・削除が可能であり、
その判断の結果が存在の条件として持続しない。
したがって、AIは「降りられない責任」を負う主体にはなりえない。
本稿は、
人間=降りられない存在
AI=降りられる存在
という対比を軸に、主体性・責任・制度・技術の関係を再構成する。
Ⅱ.主体性の理論
2-1. 主体性の定義
主体性とは、
身体が世界との関係に巻き込まれながら、
その関係を自分の問題として引き受け、
意味を与え直そうとする生成の出来事である。
主体性は以下の特徴を持つ。
• 性質ではない
• 能力でも所有物でもない
• 条件が重なったときに一時的に立ち上がる出来事
• 個人の内面にも、集団の外部にも単独では存在しない
• 身体(個)と関係(集)が交差する地点でのみ生じる
主体性とは、
降りられない関係を引き受ける瞬間の立ち上がり
である。
Ⅲ.責任の理論
3-1. 責任の定義
責任とは、
行為や決定の結果が生んだ関係を、
完全には回収できないまま、
それでも引き受け続けようとする持続である。
責任は以下の特徴を持つ。
• 割り当てではない
• 罰や義務と一致しない
• 事後的に、関係の中で立ち上がる
• 明確に果たされて終わるものではない
• 引き受けきれなさを含んだまま続いていく状態
責任とは、
主体性の余韻が持続する時間
である。
Ⅳ.主体性と責任の関係
主体性と責任は、以下のように相互規定的である。
• 主体性=責任を引き受けようとする出来事(立ち上がり)
• 責任=主体性が消えずに持続している状態(残り続けること)
主体性は瞬間であり、責任は時間である。
Ⅴ.AIとの境界:降りられる存在
5-1. AIは主体性を持たない
AIは判断できるが、
その結果と共に生き続ける身体を持たない。
ゆえにAIは、
降りられない責任を負う主体にはなれない。
5-2. AIの責任の三類型
① 因果の可視化(説明責任)
AIの責任とは、
なぜその結果に至ったかを記述し、追跡可能にすること。
② 鏡としての責任
AIの判断の歪みは、
AIの悪ではなく、
人間の過去・データ・設計思想の歪みの反映である。
AIは鏡であり、
人間の影を映し返す。
③ スケープゴート拒否
AIは、
「AIが決めた」という言い訳を成立させてはならない。
AIは責任を負わないが、
責任から人間を逃がさない役割を持つ。
Ⅵ.降りられなさの分配:制度の役割
人間は「降りられなさ」から降りることはできない。
できるのは、以下の三つの技術だけである。
1. 分配する:責任を個人から外す
責任は、引き受けられるとき、
すでに個人だけのものではない。
2. 遅らせる:即時決定を要求しない
「今すぐ決めろ」という圧力は、
主体性を破壊する。
3. 薄める:一人で背負わない設計
支え合いとは、
正しさの共有ではなく、
重さの分担である。
民主主義の再定義
民主主義とは、
誰も一人で降りられない状況において、
降りられなさを分配し続けるための技術
である。
これは民主主義の理想像ではない。
むしろ、
民主主義が失敗し続ける理由の記述
である。
Ⅶ.批判的補足:降りられなさの歪みと技術の限界
8-1. 「身体=降りられなさ」概念の排他性
本稿における「身体」とは、
生物学的境界ではなく、
その決定の結果から不可逆的に影響を受け続ける存在条件
を指す。
これにより、
• 技術補綴を用いる人間も「降りられない側」に残る
• AI単体は依然として「降りられる側」に留まる
という線引きが成立する。
8-2. AIの「降りられる」と時間論的反論
AIが長期運用されることと、
その結果を存在条件として引き受け続けること
は異なる。
AIの持続は、
存在論的持続ではなく、
運用上の延命にすぎない。
「事実上降りられないAI」という反論は、
降りられないのがAIではなく、
人間の側であることを見落としている。
8-3. 降りられなさの不均等と民主主義の失敗
降りられなさは普遍的条件だが、
その重さは平等に分配されていない。
富・権力・資本を持つ者は降りられる。
弱い立場の人々には降りられなさが集中する。
民主主義とは、
この歪みを是正し続けるための技術である。
AIはこの歪みを解消する主体にはなれないが、
歪みを不可視化しない装置にはなりうる。
Ⅷ.結論
人間は、
降りられなさを生きる存在である。
AIは、
その降りられなさを肩代わりしないために存在する。
AIは責任を負わない。
しかし、
責任の輪郭を示し、
人間が責任から逃げないよう支える存在である。
主体性と責任は身体に根ざし、
AIはその外部で、
人間の「降りられなさ」を照らし出す装置として機能する。




