「降りられなさを引き受けるための主体性論」
① 主体性の定義
主体性は能力でも性格でもない。
身体が世界との関係に巻き込まれたとき、それを「自分の問題」として引き受け、意味を更新しようとする瞬間に、一時的に立ち上がる出来事である。
② 主体性の本質
主体性は所有物ではない。
個(身体)と集(関係)が交差する地点で、その都度、生じては消える。
固定できないからこそ、生成の出来事である。
③ 責任の定義
責任とは義務や罰ではない。
行為の結果生じた関係を、完全には解決できないまま、それでも引き受け続けようとする事後的な状態である。
④ 責任の時間性
責任は精算されない。
「引き受けきれなさ」を抱えたまま、終わらずに続いていく。
完了ではなく、持続である。
⑤ 主体性と責任の関係
主体性は、責任を引き受けようとする立ち上がり。
責任は、主体性が消えずに残り続ける経過。
始点と持続として、両者は補い合っている。
⑥ 人間が主体的である理由
人間が主体的なのは、正解を出せるからではない。
曖昧な結果を抱えたまま、関係の中に留まり続けられるからである。
⑦ AIとの決定的な境界
AIは責任を割り当てることはできる。
しかし、その重みを引き受け続ける身体を持たない。
人間は身体を持つがゆえに、結果から降りられない。
⑧ 身体という条件
終わらない曖昧さの中で生き続けること。
この「降りられなさ」は、身体を持つ存在にしか引き受けられない。
⑨ 民主主義の再定義
民主主義とは、
誰も一人では降りられない状況において、
その責任の重さを分配し続けるための技術である。
⑩ 支え合いの真意
支え合いとは、正解を共有することではない。
「引き受けきれない責任」を特定の誰かに押し付けず、共に耐え続ける構造をつくることだ。




