擦りリンゴの魔法
〜会話〜
父「最近学校はどうだ?」
美紅「別に」
父「そうか・・・」
妻が亡くなり、娘の美紅と二人での生活になってから会話はめっきり減った。
元々、そんなに会話をする方ではなかったが
娘の状態が何一つ分からないのはやはり寂しい。
朝ごはんの時に話しかけてみたが返答は別に、の一言だけだった。
無視されるよりはいいが
年頃の娘との会話なんてこんなものだろうか。
〜風邪〜
美紅が風邪を引いた。
妻が亡くなってから初めての風邪だ。
父「何か食べたいものはあるか?」
美紅「お腹空いてない」
父「でも、少しは食べないと元気出ないぞ?」
美紅「りんご」
父「え?」
美紅「りんごが食べたい」
父「分かった、父さんすぐに用意してくる」
美紅「慌てなくていいから」
しばらくして父がりんごを持って来た。
美紅「え、何で擦りリンゴ?」
父「え?だって昔はよくそうしてただろう?」
美紅「もう子どもじゃないんだからさ・・・」
美紅は子ども扱いするのを嫌がる。
父「そうか・・・ごめん、やり直してくるよ」
少し前に父が友人と電話して話してるのを聞いた。
「最近どうだ?」
父「まぁ、何とかやってるよ」
「そうか、困ったことあったら言えよー」
父「ありがとう」
「あれから5年か、娘さんは立ち直ったか?」
父「ああ、ただ会話はあまりないがな」
「年頃の娘となんてそんなもんだって、うちなんか喧嘩して一週間無視されてるよ」
父「早く謝まれよ」
「そうだなー、でも喧嘩はしてても可愛いもんよ」
父「ああ、うちも可愛いくて仕方ないよ、
子ども扱いすると怒られるが親にとって子どもはいくつになっても子どもだからなぁ」
「だな」
美紅「・・・いいよ、それで」
父「うん、一人で食べれるか?」
美紅「食べれるよ、子どもじゃないんだから」
父「そうか、じゃあ父さん自分の部屋にいるから」
美紅「うん」
数日後。
父「ゲホゲホ」
私の風邪が治ったら次は父が引いてしまったらしい。
美紅「今日休みでしょ、部屋で寝てなよ」
父「ああ、そうするよ」
美紅「何か食べたいものある?」
父「そうだなぁ、擦りリンゴかな」
美紅「いい歳して?」
父「昔な、ばあちゃんがよく作ってくれたんだよ、
風邪が早く良くなる魔法だって言って」
美紅「擦りリンゴが?」
父「うん」
美紅「ふーん」
それから数分して美紅が水と擦りリンゴをお盆に載せて持って部屋に入ってきた。
父「作ってくれたのか」
美紅「まぁね」
父「ありがとう、助かるよ」
美紅「うん」
それだけ言うと美紅は水と擦りリンゴを机に載せるとお盆を持って部屋を出た。
妻に似て不器用だが根は優しい子だ。
〜一か月後〜
父「最近学校はどうだ?」
美紅「うん、楽しいよ」
父「そうか」
最近、娘が少しだけ自分のことを話してくれるようになった。
ばあちゃんの擦りリンゴの魔法のおかげかも、なんて
年甲斐もなくメルヘンなことを考えてしまう。
「武尊、何か欲しいものはないかい?
困っていることはないかい?」
「ばあちゃん、俺もう35だよ?」
「何言ってるんだい、ばあちゃんにとって孫ってのは死ぬまで孫なのさ」
ばあちゃんにとって俺は何歳になっても孫だった。
死んだ後もずっとばあちゃんにとって俺はただの孫なんだろうなぁ。