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犬がすっかり兄弟になりまして・8


 ガスも水道も電気もまだ止めてなくてよかったと思いつつ、航はバカ丁寧にお茶を入れて藍沢と橋本に出した。沸かしたお湯をマンションから持ってきたカップ麺に注いでいると、藍沢と橋本はウエストバッグからおにぎりを出して食べ始めた。食器棚から少し深さのある器を5枚取り出すと水を入れ、「ここに置いとくぞ」と適当に床の上に並べた。

「優しいねえ」

 もぐもぐとおにぎりを咀嚼しながら藍沢が言う。

 たぶん藍沢と橋本にはサイゼリヤたちが首を突っ込んで水を飲んでいるように見えているのであろう。だが航には5人がしっかり手に持って、まるで酒の入った盃でも煽るかのように水を飲んでいる姿が見えていた。喉乾いてたんだな。おかわりは?と聞いてみたが、皆それぞれ好き勝手な場所へ座り込んでしまった。

 リクとカイは縁側で寝転び、レオパルトは橋本からつかず離れずの場所で壁に背をもたれて立っている。サイゼリヤとベローチェに至ってはソファーの上でふんぞり返っていた。

『……王さまかよ……』

 その堂々とした風格に航はうんざりした。


 あちこちの引き出しを開けて中を探っている航に、藍沢が訊いた。

「探し物?」

 航は顔も上げずに答える。

「はい。リクとカイの診察券を」

「美馬さんとこの病院じゃないの?」

「今はそうなんですけど」

 カップ麺に合わせていたタイマーが鳴る。航は引き出しを閉めてテーブルへついた。

「両親が連れて行ってた病院がどこかわからないかなと思って」

 航はカップ麺の蓋を開け、ぐるぐるとかき混ぜてすすった。

「既往歴とか調べてんの?なんか悪い病気見つかった?」

 心配げに眉を寄せる藍沢に航は手を振る。

「いやいやいや、そうじゃなくて。たぶん、あいつらがここに来てすぐどこかで健康診断とか予防接種とか受けてるはずなんで、なんか記録とか残ってないかなと」

 リクとカイが例の繁殖場から来たらしいことをうっかり藍沢に言ってしまってから、それを誰に聞いたのか誤魔化すのに苦労した。藍沢がそのことを思い出さなければいいなと思いつつ、航は言葉を選んでいた。

「ご両親には聞かなかったの?どこ連れて行ったか」

 両親が亡くなっていることは知っていても、2年も連絡していなかったことは藍沢は知らないらしい。航はもごもごととぼけた。

「んー、んん~、てっきり昔っから行ってた動物病院かと思ってたら、そこ潰れてたんですよね~。だからどこかな~って」

 藍沢はふ~んと言ってスマホをいじり始めた。橋本もスマホを見ている。航は黙々とカップ麺をすすると、ごちそうさまと手を合わせた。

 航はふたたび引き出しを漁り始めた。漁りながら、もう使わないボールペンとか消費期限がいつかわからない薬とか捨てていいんじゃないかと思い始める。ついでに捨てるかとゴミ袋を持って来て、ぽいぽいと放り込む。何かの景品らしいメモ帳だのコースターだの、もうとっくに買い替えた家電の取扱説明書だの保証書だの、誰のかわからない名刺だの航の小児科の診察券だの、両親の歯医者の診察券だの動物病院の診察券だの。

「あった」

 航は袋に放り込みそうになる手を危うく止めて、つぶやいた。

 2枚ある。ペットの名前は書いてない。知らない動物病院だった。

「隣の県の病院だね」

 いつのまにか肩越しに覗いていた藍沢が診察券を取り上げて言った。

「2年ぐらい前に無くなってるね、そこの病院」

 同じく航の後ろにいた橋本が、藍沢の手に渡った診察券を覗き込みながら言った。

「そうなんですか?」

 航は立ち上がってふたりを見る。

「突然畳まれたんだよ。理由はわからないけど」

 航は肩を落とした。できればリクとカイが両親のもとに来た理由を知りたかった。病院さえわかれば絶対に真実にたどり着けたわけでもない。でもその糸口さえ掴めずにあっという間にすべて終わった。航は脱力した。

 突然引き出しがひっくり返った。

 縁側に寝ていたはずのリクが来て、引き出しを抜いたのだ。

「何やってんだリク!」

 驚いて航は飛び退くと、散らかった中身を集めた。

「おれとカイが行ってた病院の券、まだあるよ」

 リクも一緒になって散らかったものをかき混ぜる。

「やめろ!よせ!俺がやる!」

「え、なに、こっちじゃなかったっけ、病院の券」

 リクに触発されたのか、カイがゴミ袋の中に頭を突っ込み、中身をかき混ぜ始めた。

「わー!やめろ!せっかく捨てたのにー!」

 出てきたのははほとんどカード類だった。スーパーやドラッグストアのポイントカードに紛れて、代々の犬たちの診察券もある。そして。

「ホントだ。リクとカイの診察券だ」

「なにが『ホント』なの?」

「なんでもないです」

 藍沢を躱し、リクとカイの診察券を見る。

「海の近くだね。あの辺は新しい動物病院多いから」

 航の実家は山側だが、車で少し行けば海もある。観光で栄えているため人口もそちら側の方が多い。なので動物病院もそちらの方が自然多くなる。

「土曜日だからもう閉まっちゃってるねえ」

 話を聞きに行こうにも、日曜は営業していないし、平日は航は仕事がある。仕方がないからまた今度来るか、と航はため息をついた。

 


 


 

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