犬がすっかり兄弟になりまして・7
週末、航は実家のパソコンからデータを移すべくUSBを持って実家へ帰った。いい加減パソコンごとマンションに持って行こうかとも思ったが、ひとり暮らしには広い部屋とはいえ、あったらあったで絶対邪魔になる。というか、いい加減実家の片付けも済ませて家の処分自体真剣に考えなければならないのだが、まだなんとなく両親の思い出が残る実家を手放す気になれなかった。こうやって空き家問題などが深刻化していくのだろうなと思いつつ、到着した実家の玄関を開けながら、とりあえず草取りだけはして帰ろうと航は思った。
誰もいない実家の中は、冷たい埃のにおいがする。ひと月前に一応掃除はしたのになと思いつつ、誰もいなくても埃は溜まるもんだなと航は家中の窓を開けて回った。
デスクトップのパソコンにUSBを差し込み、データを移行している間に掃除機をかける。リクとカイは適当に庭と部屋を行ったり来たりして、泥足で入るな!掃除したばっかりなのに!と航に怒られる。縁側に濡らした雑巾を置くと、リクもカイも申し訳程度にその上を通って部屋へ上がるようになった。
裏の物置からねじり鎌と軍手を持って来て、航は玄関の周りから順に草を刈る。年季の入った石箕に抜いた草を入れながら庭の奥へと進んで行く。部屋の掃除は来るたび軽くしていたが、手付かずだった庭はあっという間に草ボーボーで、これでもかとしっかり根を張っているものもある。かがんだままひと通り草と格闘していた航は縁側の前まで来ると、ふうと大きくため息を吐きながら一度立ち上がって腰を伸ばした。
「除草剤は撒けないしなあ……」
垣根に沿って両親が植えた花や木がある。なによりさっきから航が草を抜いた後を追って、リクとカイが土を掘り返している。あまり彼らの身体に悪そうなものは使いたくない。
家を挟んで反対側の草は適当に済ますことにして、いったん昼休憩取ったらリクとカイの診察券を探そうと考えていたときだった。
リクとカイが瞬時に顔を上げ裏の茂みを見つめると、ガサガサという音がした。
いつかと同じ状況に航がまさかと思っていると、茂みからそれは賑やかに表れた。
「あっれー、天道くん。今日はいたんだー」
初めて名前を呼ばれたことと、裏から現れたそれに航が驚いていると、陽気にそれは言った。
「どう?身体の調子。元気になった?」
「……なんで裏から来るんです……」
「見回りコースこっちなのよ。で、どう?元気?」
「おかげさまで、その節はありがとうございました。てか、どうして裏から人んちに入って来るんです?」
「いや、だから見回りがね」
「草取り、進んでるね。よかったよかった」
後ろから出てきた猟友会の橋本が庭の様子を見て言う。その後ろからもぞろぞろとサイゼリヤ、ベローチェ、レオパルトが出てきた。
「兄上殿」
サイゼリヤとベローチェが航に拱手する。レオパルトは航を一瞥しただけで特に何もしなかった。たぶん下に見られている。
リクとカイはサイゼリヤと笑顔で挨拶したが、ベローチェは無視している。たぶん下に見ている。そしてレオパルトは馴れ馴れしく話しかけるリクとも、無言で自分の周りをぐるぐる回るカイとも全く目を合わせない。たぶん視界に入っていない。それでもめげないリクとカイが健気というか可哀想というか、若干ヤンキー臭がした。
「何しに人んちに入って来たんですかってば、裏から」
「いや、だからー」
同じことを繰り返しそうなちょいワル紳士こと藍沢の代わりに橋本が説明した。
「最近、この辺の空き家に勝手に住む人間がいるんだよ。このあいだみたいなことがまた起こったら危ないからね。そうならないように有志で見回りしているんだよ」
「勝手に住むって……、このあいだのところはちゃんと会社として登録してあったんじゃ……」
「元の持ち主はとうの昔に亡くなっててね。いつのまにかヤツの持ち物になってたの。で、その、元の持ち主のお孫さんがそれに気がついてひと悶着あってって話なのよ」
「へ~。……え?そういうのも猟友会の人が見回るっていうか、調べるんですか?」
納得しかけて疑問に思った航が橋本に訊く。
「いやいや。あそこのはたまたまちょっと知り合いだったから見に行っただけ。この辺の空き家の見回りもボランティアみたいなもんだよ」
笑って言う橋本に、地元に長く住んでる人って本当にすごいなと航は素直に頭を下げた。
「お疲れ様です」
「だから住んでない家でも持ち主がちゃんと管理してくれると仕事が減って助かるよ」
腕をぽんぽんと叩かれ、反対側を適当で済ますことはできなくなったと航は思った。
「賃貸とか出せば楽になると思うけど……、天道くん。まだそんな気にならないでしょ?」
いつになくおとなしめな物言いに、藍沢が航の両親のことを知っているのだとわかった。
「そうですね、まだちょっと……」
賃貸に出すとなると家の中の両親の荷物を全部処分しなければならない。売却ですらまだ当分思い切れそうにない。
「ご両親だと思って、この家の世話をたくさんしてあげればいいさ。それが親孝行だよ」
藍沢は航の肩を力強く叩いた。そして縁側から中に上がった。
「とりあえず、おじさんたちをご両親だと思って、お茶ちょうだい」
「なんも出ませんよ」
航は目を座らせたが、橋本もサイゼリヤもベローチェもレオパルトも次々と上がっていった。リクとカイもちゃんと雑巾の上を通って上がったが、手は泥だらけだった。