犬がすっかり兄弟になりまして・6
美馬の横にはまだ痛々しい姿で足を引きずっている曹操とパーカーがいた。
「動けるようになったんですね」
目で曹操とパーカーには言っているが、直接的には美馬を通して話している。曹操とパーカーは航を見て小さく頷いた。
「はい。なのでまずは軽いリハビリから始めようと思って」
ここの病院は犬や猫のためのプールやリハビリ用の器具が揃っているので、日中はリハビリを受ける犬猫で予約が埋まっている。美馬は患者を優先させるため、営業終了後に曹操とパーカーに使わせているのだろうと航は思った。
「え?」
航は美馬が背負っている大きめのリュックが動いたことに気づいた。
「あ、これ?」
美馬は航の視線に気づき、くるりと背を向けリュックを見せた。
「トイプーです」
大きめのリュックはペット用のキャリーバッグだった。メッシュの向こうには不安げな目をした……。
『よく入ってんな……』
黒いメッシュの向こうで不安そうにガタガタ震える巻き毛の可愛い青年を見て、航の目が座った。大きめとはいえ所詮ペット用のキャリーバッグである。体操座りっぽいが、よくもまあきちんと収まっているように航の目には見えるものである。
「……新しい、ご家族ですか?」
飼うんですか?とはちょっと言い辛い。ヒトなので。
「いえ、このあいだ保護した子なんですけど、怯え方が酷いんで夜はうちで面倒みようと思って。覚えてませんか?火事から天道さんが助けた子ですよ」
言われてみればいたような気がするが、なにせ暗かったし火事だったし修羅場だったし、彼らはドロドロに汚れていたしでなにがなんだかよく覚えていない。航はメッシュの向こうの青年をよく見ようと覗き込んだが、青年はガタガタと震えながら顔を隠した。癖っ毛の茶髪。トイプーでなかったらチャラ男だなと航は思った。
「やっぱりあの環境で最後は火事だったから、相当怖かったんでしょうね」
「やっと助け出されてもお風呂や診察なんか慣れないことだらけでしたから……。最初の頃はごはんも食べてくれなくて……」
「他の子たちは大丈夫なんですか?ていうか、ここでは何頭預かってるんです?」
結局あの繁殖場から救い出された犬は30頭近くいたという。全国ニュースになったことで注目され、各地の保護団体から協力を得られたと航は聞いている。
「結局うちでは6頭に収まりました。トイプーはこの子ともう1頭。あとは色は違うけどリクくんとカイくんと同じゴールデンレトリバー2頭とラブラドールレトリバー2頭です」
「……大きいのばっかりですね……」
航にはヒトに見えていたので気づかなかったが、意外と大型犬がいたらしい。どうやって窓から出したのか航は全然覚えていない。火事場のバカ力とは言うが、航は自分で自分に感心した。というか、美馬はゴールデンやラブラドールと知っていながら抱えて出していたのだ。美馬の方がすごい。
「さすがに大型犬をお任せするのは申し訳ないなと思って。できる限りこちらで面倒見ることにしました。あとはポメラニアンとかチワワとか小型犬が多かったので、そちらを他の団体さんにお任せしてます」
小型犬は人気があるので生まれてもすぐに買い手がつく。大型犬に比べてエサ代も少なくて済むと思われ悪徳ブリーダーに狙われたのだろう。人気があるのも善し悪しである。
「ただ、どの子もやっぱりトラウマがすごいらしくって……」
美馬が後ろに少し顔を傾けつつ眉を下げた。ヒトのふりして犬の重さと航は一応わかってはいたが、トイプーとて空気ではない。下ろします?と聞いてみたが、美馬は「大丈夫です」と首を振った。
「突然鳴きだして暴れたり、ずっと怯えてたりパニックを起こしたり、あちこちで大変らしいんです」
「ゴルやラブは大丈夫なんですか?」
パニックではなかったが、引っ越ししたてのマンションの部屋で盛り上がって走り回ってたリクとカイを思い出し、航のこめかみに冷や汗が流れる。
「まだ今は端っこに逃げて唸るくらいですが、もしかしたら慣れてきたくらいが危ないかもと思って、スタッフ全員注意しています」
美馬の保護施設のスタッフは全員動物関係の資格を持ったプロである。そこのところは抜かりないのであろう。
「天道さん、週末来られるでしょう?」
当然のように美馬に誘われ航は少し驚いた。たしかに美馬母の許可は頂いたが、そうしょっちゅうしょっちゅう伺うのはどうなのかと思いつつ照れる。
「え、あ、その」
「ご自分が助けたゴールデンやラブラドールたちに会いに来てください。まだお会いになってないでしょう?」
あ、そっちね、とニコニコ笑う美馬にニコニコ顔で「ぜひ」と返す。
「そうだ。よかったら今からごはん食べにきませんか?この子も紹介したいし」
背中のリュックをさらに突き出す美馬に、え、不意打ち?と航が戸惑うと、先にリクとカイが元気な返事をした。
「行く行く!」
「美馬さんのごはん食べたい!」
しかし足を引きずりながら割って入ってきた曹操が剣を突き出し航に言った。
「遠慮しろ」
遠慮した。