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犬がすっかり兄弟になりまして・5


 久しぶりの訪問だった。普段は少なくとも週1で納品に来ている。入院していたときから航のルートは他の社員がいくつか交代してくれていた。ここは調子のいい後輩が受け持ってくれていたはずだ。失礼があったという報告はなかったので大丈夫だと思うが、久しぶりなので幾分緊張しつつも航は大きな自動ドアをくぐった。

「あー!ひさしぶり天道さん!もう大丈夫なの!?ちょっと!天道さん来た来た!誰か!ムエイさん呼んできて!」

 顔を見るなり馴染みの受付の女性にまくし立てられ、航は挨拶もできずに面食らった。

「聞いたよー!あの、山奥の火事のニュース。天道さんが犬助けたんだって?すごいじゃーん」

 カウンター内から奥からぞろぞろと出てきた事務スタッフたちに囲まれ、航は焦った。

「え、な、なんで知ってるんですか……?」

「田嶋くんがめっちゃ自慢してたよ。『うちの天道、やる男なんすよ~』って」

 目に浮かぶようなチャラさに、あの野郎……と航は舌打ちした。会社に戻って受注表チェックしてちょっとでも売り上げ下がってたらぶん殴ってやる。

「で?で?で?なにがあったの?どうしてあんなとこ行ってたの?」

 目を爛々と輝かせる野次馬の皆さんに気おされ、航はのけ反った。たしかにニュースにはなったがそんなに大きな報道でもなかったはずだ。何をそんなに興味津々なのかと思いつつ、航はしどろもどろに言った。

「あの、一応警察が捜査中なので、あまり人にはしゃべるなと言われておりますので……」

「そうよね~、そうなるわよね~、そんなにべらべら喋れないわよね~」

 などと納得しつつもあからさまに落胆した空気になる。べつに自分が悪いわけではないのだが、もう早く帰りたいと思っていると、航を呼ぶ声がした。

「天道くん!」

 セイヤに車椅子を押されたムエイだった。

「聞いたよ、大変だったんだって?」

 ムエイは労わるような表情で航に手を伸ばすと、腕を叩いた。

「もう身体は大丈夫なのかい?」

 邪な気持ちからではないムエイの労わりに、素直に航は感謝し頭を下げた。

「ありがとうございます。もうすっかり元気です」

「君は本当に犬が好きなんだな。火事からたくさんの犬を助けたそうじゃないか」

「いやまあなんと言いますか、成り行きで……」

「成り行きだけでできることじゃありませんよ。すごいです」

「いやあ~、はっはっは」

 ムエイの後ろに立つセイヤも素直に感心している。好奇心ではない素直な賛辞を貰うと照れてしまう。なんだかむず痒くなって、航は後ろ頭を掻いた。

「ところで、なんであんなところにいたんだい?」

 結局そうなりますよね~……。老練なベテラン刑事の尋問のように滑らかにスライドしたテクニックに危うく口を開きそうになりながら、航はうぐぐと口をつぐんだ。

「えーと、それは警察が捜査中でして、なにも話してはいけないと……」

 とにかく商品を置いて早く帰ろうと航は思ったし、このあと田嶋が代行したどこに行ってもこの状態は続いた。




 久しぶりに自分の営業ルートをみっちり回ったせいでへとへとに疲れた航は、帰宅すると今日も玄関先でリクとカイの入念なニオイチェックを受け、ようやくソファーへ倒れ込んだ。

「お兄ちゃん、散歩」

「ご飯」

 自分たちがなかなか座らせてくれなかったくせに、航が座った途端好き勝手なことを言うリクとカイをじっとりとした目で航は見る。

「ちょっとだけ休ませてくれよ……」

「……じゃあ、ちょっとだけね」

 少しだけ首を傾げたリクとカイは言う。が。

「散歩」

「ご飯」

「ホントにちょっとだな……」

 仕方なく航は立ち上がると、スーツをハンガーにかけ、普段着に着替えた。

 外はもう暗いがマンションの中は明るい。なので万が一エレベーターやロビーでマンションの住人に遭遇したときのために、航は散歩のときでもスウェットは着ないようにしている。ヨレヨレのスウェット姿を美馬に見られたくないのではない。単純に西園寺夫人が怖いのだ。あの人、着るものとかちゃんとしてないと厳しそうで。別になんか言われたことがあるわけでもないし、まだ散歩のときに会ったことはないけれど。

 もうそろそろ秋も終わりで厚手の上着を出そうかなという季節。厚手の上着ならヨレヨレのスウェット着ててもバレないかななどと思いつつ、いや、パンツでバレるでしょなどと逡巡していると、美馬の保護施設の前まで来てしまった。いつもはもう少し手前で折り返すのだが、疲れのせいで気が付かないうちに、ただただ坂に任せて下ってしまった。これは帰りがきつい。航はげんなりしながら坂の上を見上げた。

「あ!美馬さんだ!」

「美馬さーん!」

 施設の駐車場に出てきた美馬を見つけ、リクとカイが走り出した。勢い繋いでいた両手を引っ張られて航はつんのめる。

「!?」

 なんとか転ばず一緒に走り出した航であるが、息が上がった。

「リクくんカイくん、こんばんはー」

 美馬はにこにことリクとカイを見て、さらに航に視線を移してほほ笑んだ。

「おかえりなさい、天道さん。お仕事お疲れ様です」

 航はぜえぜえと息を切らしながら辛うじてほほ笑んだ。

「お、お疲れ様です、美馬さん……」

 やっぱ、スウェットじゃなくてよかったと思った。




 

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