犬がすっかり兄弟になりまして・43
航が犬と喋れることは、美馬により、保護施設のスタッフ全員に箝口令が敷かれた。
「いいですか。天道さんが小次郎の生まれ変わりであることは他言無用です!」
「違いますよ」
箝口令など敷かなくとも、あまり誰も本気にはしていなかった。多少なりとも動物と意思疎通ができることは動物好きならよくある話である。スタッフたちもそれくらいのものという認識であった。たしかに保護犬たちなど航によく懐いたので、今なんて言ってます?などと笑いながらネタにすることはあったが、本気で航が犬と会話している、ましてや美馬の亡き愛犬・小次郎の生まれ変わりなどと誰も本気で信じてはいなかった。そもそも生まれ変わりではない。
リクとカイは次の日迎えに行った。
尻の中に入れられていた卵型の容器以外にも、マイクロチップに似たものを身体に5個打ち込まれていた。それを取り出すのに切開手術をしたのだ。ショージとフスマも同様の物を仕込まれていたという。聞いたとき、航は怒りで穴が空きそうなくらい壁を殴った。指が折れそうになっただけだったが。
退院して来たリクとカイは、またしても手術のために毛を剃ったのであろう穴が服のあちこちにできており、いつになったらもとの綺麗でカッコいいおまえたちにもどるんだろうなあと航はふたりを抱き締めてさめざめ泣いた。
リクとカイを迎えに行った帰り、遠回りして寄り道をする。
コインパーキングに車を停めると、リクとカイは気づいたようだった。
「お兄ちゃん、もしかしてここ」
「行くの?」
リクもカイも目を爛々と輝かせて、後部座席から身を乗り出す。
リクとカイを連れて焼鳥屋の前に来ると、大将は驚き、笑った。
「ひさしぶりだねえ。味無しで?」
公園のベンチに座り、焼き鳥の入っていた容器と袋にそれぞれ串から抜いた鶏ももを乗せてやる。リクもカイもそれを手で持って、ひとつづつ摘まんで嬉しそうに食べている。他人からは普通に犬が容器に顔を近づけて焼き鳥を食べている姿が見えているのだろう。航にはもうたぶん一生見られない光景かもしれない。犬や猫が、四つ足の動物らしく食事する光景も、歩いている光景も、トイレする光景も。ふわふわの、可愛らしくすり寄ってきて抱っこされる犬も猫ももう一生見られないのかもしれない。そういやもう何か月も犬や猫の本来の姿は画面や本の中でしか見ていない。もしかしたらもう一生見られないのかもしれないし、見られなくてもいいかなと、諦めとはまた違った気持ちで航は思い始めていた。
「……もう1本食べたい」
空になった容器と袋を差し出して上目遣いで見てくる良い歳をした成人男子のリクとカイに、航は微笑ましさすら感じるようになっていた。
「がんばったもんな」
航はももと皮を半分ずつ乗せてやる。リクとカイは顔を輝かせ、またひとつづつ食べ始める。
もふもふの犬猫が視界から消えたときは絶望すら感じたが、話してみれば悪い奴らではないし。というかそもそも悪い奴らではないのだが。可愛くて愛しいルックスと癒される手触りは無くしたものの、やかましいほど楽しいコミュニケーションは航の世界に増えた。それはそれで良かったのかなと思う。思うことにした。
ただ。犬猫ですら死んだら悲しい。
ヒトの姿をしたリクとカイがいなくなってしまったらと思うと。
航はつくづくため息をついた。
「ホント、無事でよかった」
「いや、だからさ、ちょっと説得してくれればいいのよ」
「できませんて」
「えー、話せるって言ってたじゃん、このあいだー。聞いたよー、警察でも大活躍だったってー」
「気のせいです。空耳です。たまたまです」
しつこく絡んでくる藍沢を袖にしていると、橋本がずいと航に詰め寄った。
「警察でのあれ、嘘だったの?だったら警察呼ぶよ?偽証だったって」
「ウソです。あれはホントです」
謎の迫力がある橋本には、航は姿勢を正して答える。
「どっち?」
「ホントです」
「ほら、できるんじゃ~ん」
「できませんってば!」
航は、藍沢には強気に出る。
「犬とか猫って言ってるじゃないですか!なんで、だったら猪もイケるでしょ?ってなるんですか!そもそも猪説得ってどういうことですか!」
強気に出るには理由があった。
藍沢はさも困った風に眉を下げる。
「いや、だってさー。撃っても撃っても出てくるんだよね、猪。もうキリがないからさー、ちょっともうここいら一帯の畑を荒らしに出てくるの勘弁してくれませんかねえ、山の中で生活していただけるんなら僕らもわざわざ撃ちに行ったりとかしませんのでって交渉した方が早いんじゃないかと思ってさ」
「なんでそういう発想になるんですか」
呆れて航は言う。
「ちょうどここに動物と話せる人がいるから」
「動物って。話が大きくなってるじゃないですか。ドリトル先生じゃないんですよ僕は。犬猫専門です」
「そこをなんとか!」
「拝んでも無理です!」
合わせた藍沢の手を航ははたき落とした。




