犬がすっかり兄弟になりまして・40
「チカちゃんは『西部警察』に憧れて刑事になったんだよ。DVDもボックスで保管用と観賞用のふたつを持ってるし、なのにDVDコレクションも定期購読してるんだ。グッズがついてるからね、また別物なんだって。古い本とかプラモデルもフリマサイトやオークションサイトを駆使していっぱい集めてるんだよ。部屋の中にはグッズやポスターでいっぱいだし、帰って来たらまずDVDをつけて、それ観ながらごはんもお風呂も済ますんだ。お休みの日なんか朝から晩まで流しっぱなしだよ。全話何周したかわかんないよ。それにね、内緒だけれどコロナ前のハロウィンでは大門団長のコスプレして街へ繰り出したこともあったんだ。そんな『西部警察』オタクのチカちゃんの夢はショットガンで犯人を蹴散らすこと!ヘリコプターからだって絶対外さないぞ!だってチカちゃんの射撃の腕前、今、警察官の中じゃピカイチなんだから!」
「……だそうですけど……」
小首を傾げ、親指と人差し指を立てて左斜め上を指すダイモンの供述を、言ってもいいものかどうか悩みながらも、航は社会人らしい要約をして告げた。
言いにくそうに告げられる航の話を聞きながら、チカちゃん刑事は次第に赤くなってきていたが、最終的には真っ赤になって烈火のごとく怒りだした。
「松重さん!こいつストーカーです!不法侵入者です!空き巣です!絶対私の部屋に入ったことあるはずです!でなきゃこんなに詳しく部屋の中のこと知ってるはずない!!」
わめくチカちゃん刑事を松重と呼ばれた刑事はまあまあと宥める。
「だから、ダイモンくんが教えてくれたんですってば」
信じてもらえないのは仕方がないとして、ストーカー呼ばわりはあんまりだなどと思いながら航はため息をつく。
「てことは、今こいつが言ったことは全部本当のことなのか?」
チカちゃん刑事の肩をどうどうと落ち着かせながら松重刑事が訊く。
「はい」
改めて上司から確認されたことにチカちゃん刑事は頬を染めて頷いた。
「『西部警察』が好きで警官になったとか」
「はい」
「DVD全部持ってるとか」
「はい……」
「部屋中グッズだらけとか」
「はい……」
松重刑事の声は全然なんにも責めてないのだが、何度も念を押されて、チカちゃん刑事の声が小さくなってきた。
「大門団長になりたいとか」
「いや、そういうことでは……できればの話で……」
「アーニキー!」
松重刑事によるチカちゃん刑事への尋問がおこなわれているなか、ドアの外から航を呼ぶ聞き覚えのある声がした。同時にドアをカシカシとひっかく音がする。
「こら!ライくん!やめなさい!」
小さいが、間違いなく露口とライの声であった。
「アーニキー!ここにいるの!?おれおれ!開けてー!」
「ライくん!こらっ!」
「え、やだ、怖い。犬?」
ダイモンが身を固くした。
「なんだ?なんで犬がいるんだ?」
松重刑事が少しだけ覗くつもりでドアを開けてしまった。すかさずライは身体を隙間にねじこませると、航のもとへ駆け寄ってきた。
「アニキなんでこんなとこいんの?あ!猫!」
ライは机の上で全身で警戒をあらわにしているダイモンを見つけると、より一層目を輝かせて手を伸ばした。
「かーわいい!これなんていうんだっけ。ペルシャ?ヒマラヤン?」
「わー!やめて!怖い!こっち来ないで!」
怯えたダイモンは机の端に逃げる。
「なに、おまえ、猫詳しいの?」
航はダイモンを抱き上げながらライに訊く。食べることと動くこと以外興味なさそうなライが猫の種類を知っているとは意外である。
「ママがいっぺん飼おうとして連れて来たんだけど、懐かなくてさー」
「おまえにか」
「仕方ないからブリーダーさんに返したんだけどさ。そんときの猫がヒマラヤンだったのよ。いや、かっわいいなあ、おまえ。抱っこ。ほれ、抱っこしてやるから。おいで」
ライは航に抱かれたダイモンに手を伸ばすが、怯えるダイモンは航の首にしっかりしがみついて離れない。
それにしてもと航は思う。犬も猫もヒトに見えているのが自分だけだからいいものの、今この、腕の中に抱っこしているアイドルみたいな可愛い男の子が自分の首にしがみついてる図と言ったら。そしてこの軽さと言ったら。紛れもなく、猫。航の目は座ったまま立ち上がらなかった。
「すみません!こらっ!ライくん!帰るよ!」
米つきバッタのように頭を下げる露口を目で指して、航はライに言う。
「ほら。まーた露口さんに恥ずかしい思いさせてるぞ。帰れ」
「えー。じゃあ一緒に帰ろうよ、アニキ」
「俺はまだ疑いが晴れるまで帰らせてもらえないんだよ」
うんざりしながら航は言う。
「なに、なんか疑われてんの?アニキ」
「おまえに爆弾つけたとか、リクとカイ使って違法薬物密輸しようとしただとか」
「いほうやくぶつ?なにそれ」
「ダメなクスリ」
「へー。ま、それ知らないけど、おれに爆弾つけたのは間違いなくアニキではないよな」
「そうなんだけど、信じてもらえないの」
ふうと航は深いため息をつく。
「じゃ、おれが言ってやるよ。アニキじゃないって」
にこにこ顔で言うライに、航は渋い顔をしゃくった。
「言ってやって言ってやって」
「いや、アニキが着けるわけないじゃん。俺らマブダチだぜ?眠ってたから誰が着けたかまではわかんないけど、おれを街に放したヤツ連れて来てくれれば、コイツ!って教えてやるよ。あと、いほうなんとかゆ?よくわかんないけど、アニキがリクとカイに変な真似するわけないじゃん。兄弟だぜ?家族になんか変な真似できる?おじさんたち。ちょっと考えればわかることなんじゃないの?」
松重刑事とチカちゃん刑事はじっとライを見つめていた。そして言った。
「いや、そんなつぶらな瞳で見つめられても」
あ。吠えてないんだ。と航は気づいた。
犬は「ワンワン」だけで喋っているわけではない。
犬は目で語るのだ。
航以外全然通じてないけれども。




