犬がすっかり兄弟になりまして・39
「猫もイケるのか?」
「猫もイケます」
のけ反ってつくづく胡散臭そうな顔をする刑事に大真面目に航は頷く。刑事はフンと鼻で息をついた。
「馬鹿馬鹿しい」
「猫もイケますけど、とりあえず犬と会話できるところ見たいでしょう?誰か犬、飼ってませんか?」
馬鹿馬鹿しいとは思いつつも顔を見合わせ、もう一人の刑事が部屋を出て行った。
「刑事さんは飼ってないんですか?犬とか猫とか」
「……飼ってはいるが、カミさんがほとんど面倒みてるからな。なんか言われても俺にはそれが真実かわからんだろう。むしろその方がおまえには都合がいいか?」
嫌な笑いを浮かべて航を見る。航は身を乗り出し、真剣な顔で刑事に言った。
「むしろ刑事さんが留守の間、奥さんが何をやってるか聞けて面白いかもしれませんよ」
刑事は眉を寄せて航を見る。そしてちょっと悩み始めた。刑事とか忙しそうな仕事やってても、普段奥さんが家で何やってるか気になるんだ意外だなと航は思った。航は独身なのでそこのところが良くわからない。例えば彼女がいるとしたら少しは気になるのかなと思ったが、付き合ってる彼女がいるとして、やってることは仕事か趣味か家事か、やることはだいたい自分と変わらないだろうと思うのだ。そんなもんなんか気になるか?と思わずにいられないが、ふとそういやリクとカイは普段留守中何してるのかなと想像して、やっぱり昼寝しているふたりしか思いつかなかったので、家人の日中など別にどうでもいいかなどと思うのである。いや待てよ。航は思い出して眉を寄せた。冷蔵庫開けてたことあったっけな、あいつら。
などとつらつら思いをはせていると、目の前の刑事は立ち上がり扉から顔を出す。誰かを呼び寄せると何かを指示し、また航の前に戻って来た。
「で?犬と話せるようになったのはいつ頃からなの、お兄さん」
斜めに座っていい加減な態度で訊く刑事に怒りも沸かない航である。まあ、そんな態度になりますよね~、むしろ無言で犬待ちするより話題振ってくださって間が持ちますありがとうございます、と感謝の念すら湧いてくる。
「リクとカイが来てからですから半年前くらいですかね」
「へ~え、わりと最近なんだ」
爪とかいじりながら航も見ないで刑事は相槌を打つ。完全に興味がない。
「両親が急逝したもんで急に預かることになったんですよ。それまでひとり暮らしでしたから」
「ご両親、亡くなったの?」
刑事がわずかに顔を上げた。
「はい。事故で」
「ああ……。そりゃあ、大変だったね……」
すがめられた刑事の目に、あ、これは両親の死のショックでおかしくなってると思われてると一瞬にして航は悟った。
「お父さんお母さんが急にだと……ね……」
ほらほらほら。同情してる。身体こっちむけちゃったよ、と航はちょっと困った気分になって来た。
「あれなの?家出てから、たまには帰ったりしてた?」
優しい口調で目を覗いてきたりする。航はわずかにのけ反り、顔を少し背ける。これはあれじゃないですか?泣き落としってやつに持ち込もうとしてないか?
「ええ……、まあ、ちょっと間は空いてましたけど……」
「そうだよねえ、ついねえ、ひとりが楽しくなっちゃうとねえ……。でも両親が亡くなって初めて自分の親不孝に気づくんだよねえ……。特に親に言えない恥ずかしいことやっちゃってたりするとねえ……。親が死んで初めてまっとうな道に戻ろうと反省したりね……」
そっちー!?航は目を見開いて刑事を見た。親の死のショックで犬と話せるようになったと思い込んでる可哀そうな男じゃなくて、親の死のショックから反省して犯罪から足を洗おうとしている男の方なのー!?
「お父さんとお母さんも、さぞかし心配してたと思うぞ」
刑事は労わるような視線を航に向ける。航は顔の前で手のひらを横に振る。
「いやいやいや」
「でも、喜んでるんじゃないかな、今頃あの世で。こうして自ら警察に」
「いやいやいや、違いますって」
「入ります!」
刑事の説教が佳境に入るのと、航が変わらず否定するのと、扉を開けて若い女性刑事が入って来るのが同時になった。
説教刑事は舌打ちせんばかりに眉を顰めて振り返った。
「自分が飼っている猫を連れて参りました」
姿勢正しく掲げられたペットキャリーの中から「なになになあ~にい~?」という甘えた男の高めの声が聞こえてきた。
「猫か……」
説教刑事が不満な顔をする。
「犬を連れて来る者は少々時間がかかりそうでしたので、とりあえず一番自宅に近い自分が猫を持ってきました」
「なんなの~?チカちゃん、なんなの~?病院?ヤダ、ぼく、どこも悪くないよ~」
ダラダラとペットキャリーの中から不満が漏れてくる。厄介な空気をひしひしと航は感じた。
「まあ、しょうがない。とりあえず」
猫の入ったペットキャリーを受け取った説教刑事は無造作に机に置き、早速扉を開けようとした。
「待ってください」
「なんだ。やっぱり猫はわからないとか言い出すのか?」
上目遣いに睨んでくる説教刑事を無視して、航は女性刑事に言った。
「猫が逃げたら大変なので、中に入ってドアを閉めてください、チカさん」
「はい。え?」
素直にドアを閉めようとした女性刑事は驚いて航を見る。説教刑事は険しい目を『チカちゃん』と呼ばれた女性刑事に向けた。
「知り合いか?」
「いいえ」
慌てて『チカちゃん』刑事は首を横に振る。
「猫が言ったんですよ、『チカちゃん』って」
航はペットキャリーの扉をゆっくり開けた。
「病院じゃないよ~、出ておいで~」
そして安心させるように訊いた。
「名前は?」
チカちゃん刑事が答えようとするのを、説教刑事が腕で制する。
ペットキャリーの中を覗くと、そこは青年の顔でみっちみちになっている。わあ怖などと思いつつも航はそこに両手を差し込み、両脇を探って外に出す。小さなペットキャリーの入り口から、人間の青年の顔からずるりずるずると全身が引きずり出される。グロいというかなんというか、サザエとかヤドカリとかの中身を引き出しているようで、航はうわあと小さく言いながら引き出した青年を自分に向かって机の上に座らせた。
立てた片膝に肘を乗せ、ふわふわのファーが付いたアイドルみたいな恰好のアイドルみたいな顔をした青年はウインク・ちょりっす・両手でハートを作りながら航に言った。
「初恋捜査一係、チカちゃんだけの団長、ダイモンです!」
「ダイモン……」
呆然と呟く航に「なんで知ってるんですか!?」とチカちゃん刑事は気持ち悪そうに憤った。




