犬がすっかり兄弟になりまして・4
結局そのまま美馬の家でご飯までご馳走になった。
部屋に戻った航はさっそく動物病院の平均的な入院費用を検索する。自分の治療費はなんとか受け取って貰えたが、犬の分とてなあなあにするわけにはいかない。
入院費、とまで入力してはてと航は考える。治療名はケガなのか火傷なのか。曹操やパーカーのように骨折はしてなかったが、念のためにとレントゲンなど撮ったのか。病気に感染してないか検査もしたと言っていたが……。
そしてはたと航は気がついた。
「おまえら、父さんと母さんに病院連れて行ってもらったことあるの?」
ソファーににだらりと横になり、テレビを観ているリクとカイを振り返る。というか、何故人間の自分が床に座り込んでパソコンを開き、ヒトのなりをしているとはいえ本来犬の彼らがソファーにふんぞり返っているのか。
「あるよー、何回も。予防接種も毎年行ってたし、吐いたときも連れてってもらった。お父さんとお母さんに貰われてすぐは何日も入院してたしね」
「それ!」
クッションを抱いたままテレビから目も離さずぼんやり答えるリクを航は指さした。
「父さんと母さんとこ来てすぐ入院してたんだな!?なんで!?どこの病院!?」
「えー、どこだったかなあ。なあ?」
やる気も無しにカイを蹴ってパスを出す。
「おれらも具合悪かったからなあ、覚えてないよ。小さかったし」
カイもテレビを観たままやる気のない返事をする。
「あ。でも、最初の病院はいつも行ってた病院とは違う病院だった」
「どこ!?思い出せ!」
「え~……」
ふたりは不服そうに眉を顰めるとそのまま黙って考え込んだ。
考え込んで考え込んで。
寝た。
答えを期待していなかったのでツッコむ気はなかったし、むしろ、ということは、今夜はベッドで寝られると航はほくそ笑んだ。
航が子供の頃実家で飼っていた代々の犬たちは、実家から少し遠い街中の同じ病院にかかっていた。しかし航が高校生の頃その病院が閉院され、比較的実家の近くにできた新しい病院に変わったはずだ。
最近はさらに動物病院が増えているようだがどれもちょっと栄えた街中にあって、航の実家のある山や田んぼに囲まれた付近は田舎のせいかそれほど件数はない。
実家に診察券が残っているかもしれないと、また週末にでも帰って探してみるかと航は思った。
思えば両親が健在だった頃より最近は実家に帰っている。
なんか本当に申し訳ないなと思いつつも、リクとカイのためなのでと心の中で父と母に航は手を合わせた。
『あの人がおれたちをお父さんとお母さんに渡した』
ずっとカイの言葉が気になっていた。
両親は本当にあのブリーダーから引き取ったのだろうか?何故両親はあんなところにブリーダーがいるなんて知り得たのか。あの飼育場の状態を見て、両親が何も思わなかったはずはない。なのに何故?
さらにあのブリーダーから引き取った犬が健康だったはずがない。案の定リクとカイから「貰われてすぐ入院してた」と転がり出た。
ということは、生まれてすぐかどうかはわからないが、子供の頃のリクとカイを診察した病院がみつかるはずなのだ。リクとカイという名前はなくとも、連れて行った飼い主である両親の名前は記録されているはずだ。上手くすればその時の病状や、両親がリクとカイを預かった経緯なんかも先生が覚えているかもしれない。ささやかな希望でしかないが、航は病院を探してみることにした。
悪徳ブリーダーの件はもう警察が解決しているし、今さらリクとカイが実家に来た経緯を知ったところでどうと言うことはない。だが何故両親がゴールデンレトリバーとラブラドールレトリバーを突然飼う気になったのか、やっぱり知りたいと航は思っていた。
代々の犬は保健所から譲渡してもらっていた両親である。単純にあの劣悪な飼育場を見て引き取らねばと思ったのかもしれない。だとしても何故警察にも保健所にも通報しなかったのか。
病院を見つけたところでそこまではわからないだろうなと航は思いつつも、願わくば両親があの繁殖場のことまでは知らずにリクとカイを保護したのだと信じたかった。