犬がすっかり兄弟になりまして・29
「ショージとフスマが行ったあと、曹操とパーカーがなんだかものすごく落ち着きを無くして。他の子たちを怖がらせちゃうといけないから、とりあえずあの子たちだけドッグランに隔離したんです。それで、リクくんとカイくんが一緒なら落ち着くかなと思って探したら、その時にはもういなくて……。でもたぶん敷地内のどこかにいるはずだと思って探したんですけど見つからなくて……。もしかしたら、リクくんとカイくんが敷地の外に出たことを言ってるのかもしれないと、曹操とパーカーを連れて探しに行ったんですけどやっぱり見つからなくて……。そしたら……」
美馬の目に、航は嫌な予感がした。
「ショージとフスマの迎えが来たんです……。本当の訓練所から……」
一瞬、なんのことかわからなかった。だが我に返って航は息を呑む。
「え、どういう……」
「たぶん……、誘拐されました……」
悔しそうに顔をゆがめながら、美馬は声を振り絞る。航は声も出せなかった。もう大丈夫だと安穏としていたこの1週間はいったいなんだったのか。
「もしかしたら、それに気がついたリクくんとカイくんが追いかけたんじゃないかって……」
航にはたやすく想像できた。
ショージとフスマの困った顔を見て、無計画に追いかけ始めたリクとカイのことを。
なにより、「最後まで守るように」と言った航の言葉を遂行しようとしているリクとカイが。
「曹操とパーカーは?」
航は眉を顰めると、たぶん事情を知っているであろうふたりのもとへ急ぎ足で行った。
「天道殿!」
航の姿を見つけた曹操とパーカーは、ドッグランの柵に縋り付くと叫んだ。
「リクとカイが!」
「追いかけたのか?」
航はいたって冷静に訊いた。ここで慌ててもしょうがないとわかっていた。犯人を追跡するのはあくまで警察の仕事だ。自分にできるのは、たぶん一部始終を見ていたであろう曹操とパーカーから話を聞くことだけだ。そしてそれをどうにかして警察や美馬に伝え、信じてもらわなければならない。
「一緒に車に乗って行きました」
曹操より比較的落ち着いたパーカーが言う。
「一緒に!?連れて行かれたのか!?」
「いえ。隙をついて乗り込みました」
「自分から乗り込んだのか!?」
曹操とパーカーが頷く。
「予定の人物が来られなくなったとかで急遽代理の人間が迎えに来たのですが、フスマがその人間を見た途端怯えだして。自分を訓練所から連れ去った人間だと」
「我々も必死にスタッフに訴えたのだが、あえなく隔離される事態となって……」
面目ないと項垂れる曹操の肩を航は支える。そもそも美馬のボディガードとして存在するふたりだ。危険がないとはわかっていても、スタッフとしても吠える2頭の処遇には困ったのだろう。
「仕方がないので話の分かる天道様の帰りを待ってからと思ったのですが、リクとカイが天道殿なら自分たちを見つけられるからと」
「なんでだよ!?」
思わず航は叫んだ。曹操とパーカーですら追いかけられなかった車を、人間の嗅覚しかない航がどうやって探せるというのか。まさか兄弟の愛で見つけられるでしょなんて言うんじゃあるまいな。なんなんだあいつらの根拠のない自信は!そんなに長いこと愛も絆も育んではいないぞ俺たちは!航のイライラは絶頂を迎える。
「ショージたちを連れて行った奴らはどこに行くとか言ってなかったか?」
曹操とパーカーは横に首を振る。万事休すじゃないかと航は奥歯を噛みしめた。
ショージとフスマのお迎えは午後に来る予定だった。連日宿直していた美馬と水口は朝早く自宅に帰り、その時間に合わせて出勤する予定だった。しかし事務所の方に予定より早く着くと連絡があり、その通り昼前に迎えは到着し、在中していたスタッフが対応してショージとフスマを渡した。何も怪しいところは無かったという。
だがその日のうちに、迎えに使われた車は大型スーパーの駐車場から発見され、中はもぬけの殻だった。
美馬も水口も警察の対応に追われ施設は騒然としていた。航はただ黙って事務所の片隅に座る。
リクとカイが連れ去られたことはまだ誰も知らない。車に乗り込むところを見たスタッフもいないし、追いかけて行ったかもというのも美馬の想像に過ぎない。だから警察もリクとカイのことに関しては動きようがない。航と曹操とパーカーだけがリクとカイの身を案じている。
しかも車を途中で乗り換えたということは、忍び込んでいたリクとカイも見つかったはずだ。なのに車の中にはリクもカイもいなかったという。ということは今もショージやフスマと一緒にいるかもしれないのだ。
だとしたら、警察が今からどこを捜索するのか。どうやってショージとフスマを取り戻すのか。航は知っておきたい。
だが、施設の関係者でもない航にそんな情報を警察が教えてくれるわけがない。
もういっそリクとカイも一緒に車に乗っていたんですと言うべきか。曹操とパーカーが見てたんです、と。俺が見つけるのを信じて、ショージとフスマを守るためについて行ったんですと。
組んだ手が震え出した。航はぎゅっと握り込み、額に当てる。
ただただ無事でいますようにと祈った。
「美馬さん。露口さんからライくんがこっちに来てないかって電話なんですけど……」
保留にした受話器を持ったまま、スタッフが神妙な顔で美馬に言う。
「ひとりで!?」
美馬が驚く。聞こえた航もなんでこんな時にと苦い顔をする。
「買い物中に脱走したらしいんですけど、それが、あの、車が見つかったスーパーの駐車場らしいんです」
美馬も水口も航も、まさかという顔になる。
美馬はスタッフから受話器を受け取った。




