犬がすっかり兄弟になりまして・26
「本当、犬に好かれてるのねえ」
美馬と一緒に航のいるドッグランに入って来たのは美馬母だった。航は反射的に「あ、いぬのおまわりさんだ」と言いそうになったが、かろうじて留めた。さらりと挨拶を交わすと、美馬母は群がる犬の中からリクとカイを探し出した。
「この子たちだったわよね?天道さんのところの。ああ、この子ブラックのラブだったわね」
「ゴールデンがリクでラブラドールがカイです」
自分にはあくまでヒトに見えてるんですが、とやはり心の中で航は付け足す。
「投げたボールもちゃんと持って来てたわよねえ、賢いわねえ」
美馬母はリクとカイの顔を揉みくちゃにしながら可愛い可愛いと言う。航から見ればなかなかの光景だ。
「ちゃんとご飯も食べさせてもらってるわね。うんうん、いい身体」
さらに美馬母はリクとカイの全身を揉みまくり触りまくり擦りまくり、シャレにならないセクハラ加減で航としては青くなったり赤くなったり気が気ではない。触られまくりのリクとカイはただただ戸惑うばかりの顔をして、とりあえずじっと我慢している。
「よし、健康健康」
美馬母は笑いながらリクとカイの肩を叩くと、美馬に言った。
「じゃ、お母さん帰るから」
美馬は困ったような顔をして頷いた。
「じゃあね、天道さん。またね」
美馬母は手を振りながらドッグランを出て行った。
「なんなんすか?お母さん」
娘の仕事場だからいてもおかしくないのだろうか。自分の親ならやめてくれと言いそうだが、育ちがいい人の家庭はそんなことないのだろうか。それにしてもなんだったのだろうと航はおおいに戸惑った。
「う~ん……、ちょっと仕事のついでに寄ったみたいなんですけど……」
歯切れ悪く言った美馬は、そうだ、と思い出した。
「『フスマ』来てるんですけど、会っていただけません?さっき、写真だけではさすがの天道さんもわからなかったって水口さんに聞いたんで」
「ああ。はいはい、いいですよ」
リクとカイを振り返ると、当然とばかりについて来ていた。
保護棟の事務所の隅で、『なんとか坂』にいそうな女性がショージに寄り添っていた。
「飼い主さん、決まったんですか?」
「誰のですか?」
ショージを指さすと、美馬はきょとんとした。航は気づいた。
「あ、すみません、勘違いです。えーと、フスマかもしれない子って……」
テーブルの上のタブレットを覗き込む。美馬がタップすると、そこでショージに寄り添っている女性の写真が出てきた。名前のところには『雲母』と書いてある。
「えーと、フスマですね~」
航は顔を上げてフスマを見た。
「『キララ』か?」
ここでは『フスマ』と呼ばれている『キララ』は、怯えた目でこくりと頷いた。
「だそうです」
「すごーい、天道さんすごーい」
「今まで誰が『キララ?』って呼んでも顔も見てくれなかったのに」
スタッフたちの無邪気な称賛に、航もそこそこいい気になってくる。だが。
「さすが小次郎」
「違いますよ」
美馬の小さな囁きに、一気に冷静になる。むしろ航が思い上がらないために美馬の勘違いは永遠に必要なものなのかもしれないと、ありがたくさえ思えてきた。
昼間のこの時間、保護っ子たちはドッグランに出されている。その間にスタッフがケージの掃除を済ませ、個々の健康管理や事務処理を行う。ドッグランへ繋がる扉は常時開け放たれ、保護棟との行き来は犬の自由に任せてある。だがそのせいで少し前にはボヤ騒ぎなど起こされてしまい、その反省を踏まえて扉はもう閉めたままにするのかと思っていたら、今日は開け放たれてあった。
「閉めなくていいんですか?」
扉を指して言う航に、美馬は肩をすくめた。
「犬の自由を考えたら、やっぱり開けてた方が便利ですので。昨日は記者の方がいらしていたので、あまり全部は映されたくなくて閉めていました」
そういやどこの記者だったのだろうと航が訊こうとしたとき、ウズラがボールを持ってやって来た。
「兄貴、まだ来ないの?」
「はいはい」
うんざりしながらも立ち上がる人の良い航である。リクとカイも退屈していたらしくご機嫌で立ち上がった。
「やっぱり天道さん、好かれてますねえ」
笑いながら美馬が心の底から感心する。
「いいように使われてるんですよ。おまえらも来ないか?」
航は窓際に佇むショージとフスマに声を掛けた。
ショージがフスマを見ると、フスマはゆるゆると首を振る。ショージは航を見ながら小さく頷いた。
「気が向いたら来い。遊んでやる」
航はリクとカイとウズラを引き連れドッグランへと戻って行った。
そしてドッグランで待っていたのは。
「天道くん、おひさ。昨日おうち帰って来るかとおじさん待ってたのに~。来てくれないからこっち会いに来ちゃったよ~」
犬より懐こい藍沢がくねくねしていた。
「……そんな毎週毎週会わなくてもいいでしょう。それに昨日は俺、実家にいましたよ」
「え、何時何時?何時頃?おじさん毎週その時間に来るからさ」
「教えませんし、毎週行くわけじゃありません」
「え~、寂しいこと言わないでよ~」
「サイゼリヤ、ベローチェ。遊ぶか?ボール投げるぞ」
藍沢を無視してサイゼリヤとベローチェに航は話しかける。
サイゼリヤとベローチェは「兄上殿」と言いながら丁寧に航に拱手すると、「我々にはお構いなく」とほほ笑んだ。
「親と違って大人だな、おまえらは」
航が感心すると、サイゼリヤは「父上は寂しがりやなのですよ」と笑った。
「で、せっちゃんからの依頼は?受けるの?」
藍沢からの問いかけに、航は「は?」と言った。
「誰ですか?せっちゃんて」
藍沢は驚いたように顔を引いた。
「せっちゃんだよ。美馬ちゃんのお母さん」
『せっちゃん』などと親し気に呼ぶ藍沢に航は驚く。
「なんでそんなに誰にでもなれなれしいんですか」
言いながら思い当たる。
「もしかして捕まったことあるんですか!?」
「失礼だな。捕まったらなれなれしくできないだろう」
心外だなあと言いながら、藍沢はさらに航に訊いてくる。
「で?受けるの?あの話」
「話って、なんですか?」
「聞いてないの?」
「だからなんですか。さっきちょっと会っただけですよ、ここで。可愛い可愛いって撫でてもらいましたけど、リクとカイ」
セクハラほどに、と心の中で付け足す。
「あ~、聞いてないんだ。やっぱやめたかな……、だよな」
横を向いてつぶやく藍沢に、航は余計気になる。
「なんなんですか。めっちゃ気になるじゃないですか。言ってくださいよ」
訳ありな目線だけを藍沢はちらりと航に寄こす。
「……言われてないなら聞かなくていいんじゃない?」
「気になりますってば」
普段は聞いても無いことをべらべらと喋り倒す藍沢が口を開かないことが余計にイラつく。航はムッとして答えた。
「リクくんとカイくんをね、おとりに使いたいって」
「オトリ?」
普段聞かない言葉に航は首を傾げる。
「おとり捜査のおとり」
「……おとり捜査……って、あのドラマとか映画の、おとり?」
「そう、それのおとり捜査」
航はしばらく黙り込み、あれとかそれのドラマとか映画を思い出す。そして、
「はあああああああ!?」
声を上げて驚いた。




