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犬がすっかり兄弟になりまして。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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犬がすっかり兄弟になりまして・25


「というわけで、僕はライの面倒は見れません」

 両側からしっかり抱きついているリクとカイの肩をぽんぽんと叩きながら、航は露口に言った。大丈夫、露口にはちゃんとゴールデンレトリバーとラブラドールレトリバーに見えているはず。決してデカい成人男子ふたりに、両側から頬っぺたくっつけて抱きつかれたヤバい成人男子の図には見えてないはず。居た堪れないのは自分だけのはず。

「そうですか……、そうですよね……、リクくんとカイくんがヤキモチ焼いちゃいますよね……」

 露口は悲しそうにうつむいた。

「おまえがちゃんと言うこと聞かないから露口さんが落ち込んでるんだぞ。反省しろ」

 これくらいなら犬に言っても怪しくなかろうと、航はライに話しかける。露口の横で明後日の方向を見ていたライは、耳をほじってふっと飛ばす。

「えーもういいじゃん別にー、アジリティなんてさー、普通にできるんだから大会なんて出なくてもさー」

「なに、大会に出たくないの?」

 思わず口をついて出た航の言葉に、露口が顔を上げる。

「いやなんだよ、ああいうの。面倒くさくてさー。自由に走りたいじゃん?」

「美馬さんの言う通りにはするじゃないか」

「美馬さんは先生だから言うこと聞いてやんないと。メンツ潰すわけにはいかないじゃん」

 メンツって。犬が使うにしてはなかなか高度だなと感心しながら航はライに言う。

「露口さんのメンツは気にしないのか?」

「家族のメンツって」

 ライは鼻で笑う。

「家族でそんな気ぃ遣いあってどうすんだよ」

 犬の悟り方じゃねえと航はあんぐり口を開けた。

「いや、そうは言ってもおまえが言うこと聞かないから露口さんすっごい落ち込んでるんだぞ。少しは露口さんの悩みを減らしてやろうとは思わないのかよ」

「えー、おれ、ママの言うこといっぱい聞いてるけど」

 不満げに口を尖らすライに、え?と航は止まった。

「あの……」

 これくらいいいだろうと思った『犬』への語り掛けからついうっかり長いこと会話してしまった航に、露口は恐る恐る声をかけた。

「ライくんと話してるんですか……?」

 しまった、と思いつつ、航は必死に言い訳する。

「可愛くてつい、脳内で、勝手に会話を?想像したりなんかして……」

 言い訳にならなかった。ただのヤバい奴である。

 だが露口はうふふと笑った。

「わかります。私も気が付いたらよくライくんと喋ってますし。『早くお散歩!』って言われて『ちょっと待ってて』って言ったら『しょうがないなあ』って言われたり」

「ほら。言うこと聞いてちゃんと待ってる」

 どうだと言わんばかりにライが横で言う。

「『掃除機かけるから退いて』って言ったら、ソファーに上がりながら『なんで毎日掃除するの?』なんて聞くから『ライくんの毛が抜けるからでしょ』って言ったり」

「だからブラッシングのときはおとなしくしてるんだぜ、おれ」

 動くと散らかるからねと真面目な顔でライはうそぶく。

「ベッドの真ん中に寝てるから『ちょっと詰めて』って言うと『温めておきました』って言いながらずれてくれるんです」

「おれは暑いから掛布団の上に寝るんだけど、ママは寒がりだからね。いっつも手足冷たい」

「だから……、お互い意思は通じてると思ってたんですけど……、なんだか、私の勝手な思い込みだったみたいです……」

 目を伏せる露口に、いや、全然通じてますよ、めっちゃ以心伝心ですよと航は言ってやりたいが、ライの考えをどう伝えたものかと非常に悩む。

「ママが深刻すぎるんだって。結局レッスン終わって家に帰ればいつもの仲良しなんだからおれたち」

「露口さんはなんでそんなにアジリティにこだわるんですか?普段は指示に従わないとか、そんなに困ってないようにお見受けするんですけど」

 全然反省していないライに、航は心の中で舌打ちするが、たしかに家の中では何も困らないくらい露口の話を聞いているようだ。

「今では信じられないかもしれないですけど、小さい頃のライは階段も登れない、歩いているだけですぐ転ぶっていうようなそそっかしい子だったんです。なのにイタズラだけは激しくて。散歩してても『ハスキーはお馬鹿さん』なんて言われることもあって、くやしくて」

 たしかにリクとカイも言ってたなそんなこと、などと航も思い出す。露口に聞こえてなくてよかった。……聞こえてなかったんだよな?今の、リクとカイのことじゃないよな?

「だから、そんなこという人たちを見返してやりたくて。そうしたら、大きくなるごとにライくんの運動神経が良いことがわかって来て、もしかしたらこれ、アジリティ競技で見返せるんじゃないかって」

 露口は笑ったが、すぐに小さくため息をついた。

「実際、美馬さんとだったらちゃんとやるんです。最初から覚えも早くて、美馬さんもびっくりしてました。でも、いざ私と交代すると全然やってくれなくて……」

「甘えですね」

 あっさりと航は言った。

「そりゃ、家族だもん」

 ライもあっさり認めた。

 航はライを無視した。

「ライにとってここは学校で、美馬さんは先生で、レッスンは単なる授業なんですよ。露口さんは家族でお母さんだから、甘えてるんです。だって家ではちゃんと言うこと聞いてるじゃないですか」

「え……」

 露口は目を丸くして航を見た。

「学校以外で勉強したくないし、お母さんにまで先生になってほしくないそうです」

「でも、天道さんの言うことも聞くし……」

「そうだっけ?」

「聞いたことないですよ、そいつ」

 航はうっかりそいつ呼ばわりしてしまう。

「僕が指示した風に動いてるだけです。勝手に動いてます」

「本当に……?」

 露口は怪訝な顔をする。

「本当に」

 航は力強く頷いた。



 結局航はライのレッスンを断り、アジリティのランを後にすると、隣のランへと移動した。遊んでいるリクとカイを眺めていると、いつの間にか横にライが来ていた。いや、いつの間にと言うのは正しくない。ちょっと前に露口の叫び声は聞こえたし、ライが砂を蹴る音も聞こえた。

「遊ばんぞ」

 ライの顔も見ずに言う航の足元に、ライがボールをひとつ置く。

「戻って露口さんとレッスンして来い」

 ライは航の顔を伺い、またひとつどこかからボールを拾って来て足元に置く。

「おまえのそういう行動が、大事なママに誤解されて、悲しませてるんだぞ」

 ライは航の足元にいい塩梅の枝を置くと、ランの中のヒトビトに向かって叫んだ。

「おーい!兄貴が投げてくれるぞー!」

 歓声とともに飛び跳ねだしたヒトビトの群れの向こうへ、航はやけになってボールを投げる。そして露口を振り返った。

「ね!?こういうことなんですよ!俺がライに指図されてるんですよ!!」



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