犬がすっかり兄弟になりまして・2
成り行きで美馬の部屋へ上がってしまった航は、それぞれ大きな犬用のベッドに並んで横たわる曹操とパーカーをみつけた。曹操は胸と腕に、パーカーは胸と足にぐるぐると包帯を巻きつけられている。航に気づいたふたりは痛々しい姿のまま起き上がろうとした。
「天道殿……!」
航は慌てて駆け寄ると、ふたりの肩をそっと抑えた。
「起きなくていいから。大変だったな」
「かたじけない……。お嬢さまのこと、心からお礼申し上げる」
「助かった犬たちに代わり、感謝申し上げます」
横たわったまま頭を下げ瞼を閉じるふたりの背中を、航は照れながらポンポンと叩いた。
「いちいち大袈裟なんだよおまえらは」
こんなことなら人間用のお菓子ではなくレンチンした鶏むね肉でも持って来てやればよかったなどと思ったが、美馬の手料理を食べつけている舌の肥えた曹操とパーカーが喜ぶとは思えなかったので、まあいいかと航は思った。
「今週中には曹操とパーカーのギブスも取れそうです。発見が早くて良かったです。ライくんのおかげです」
真っ暗だし火事で大騒動だし、犬はたくさんいるしけが人はいるしで、正直ライが騒いでくれなかったら曹操とパーカーの存在は忘れられていたかもしれないのだ。たしかにライの功績は大きいだろう。
「天道さん、お茶入りましたよ。こちらへどうぞ」
美馬に呼ばれて立ち上がると、テーブルの上には上品なブルーのティーカップと持ってきたお菓子が並べられていた。
そしてテーブルの向こうには例の貫禄のあるご婦人が座って航を見ている。
座りたくないな、と一瞬心の中で自分の声が聞こえたが、「はい、リクくんとカイくんのはこっちね~」と器をふたつ航の隣に持ってきた美馬のご機嫌な声にかき消された。消さなくても心の中の声なので、ご婦人には届いてないとは思うが。
リクとカイに出されたのは美馬のお手製・犬用サツマイモクッキーで、ふたりは目を爛々と輝かせると涎を垂らしながら美馬の目を見て合図を待った。
「よし!」
すばやく両手に持ってもりもりと食うそれなりに顔の良い成年男子・リクとカイを見ながら、美馬には犬に見えててよかったとつくづく思う航であった。
航がティーカップを置くと、ご婦人は口を開いた。
「沁を助けてくださって本当にありがとう。母親として、心から感謝しています」
頭を下げられ、航は恐縮しながらも脳みその片隅で、あ、お母さんだったんだ、と納得していた。
「あの子は私たちのひとり娘でね。もしあの火事でこの子が死んでいたらと思うと、もう、胸が圧し潰されそうで……」
美馬母は眉を寄せて胸を押さえた。ひとりだろうがふたりだろうが、自分の子供が親より先に亡くなるなど、気が気ではないだろう。そう考えると親を見送った航はある意味孝行者ではあるのだが、若すぎる両親の死というのも、やはり胸が潰れるものだ。
「今日は帰って来れなかったけれど、夫からも天道さんにはくれぐれもよろしく伝えてくれと言われたわ」
「いえいえ……」
航は恐縮した。
隙の無い佇まいにシャキシャキとした喋り方。妙に威厳のあるこの美馬母からはただものではないオーラがビシバシと伝わってくる。あの『柱国』のひとり娘でこの天然の美馬の母親ということで、航は勝手に大層大事に育てられた深窓の和服ご令嬢を想像していたのだが、なんか180度違う。はっきりとした喋り方から『柱国』と同じ職業かと思ったが、親子で出ているという話題は聞いたことがない。もしかしてご主人が会社経営かなんかなさってて社長夫人なのかなとも思うが、どっちかというとまんま社長なオーラがある。ネットで検索したら会社名とかわかるかななどと航が思っていると、美馬母から何かを差し出された。
「これ。つまらないものだけど、夫と私からせめてものお礼です。受け取ってちょうだい」
テーブルの上に置かれた、絶対お菓子とかではない細長い上等そうな箱を見て、航は嫌な予感がした。
『時計とかだったら、ちょっと怖い』
欧米人でもないのに頂いたものを即目の前で開けるのはお行儀的にどうなのだという気もしないでもないのだが、高級時計とかだったら速攻突き返さなければならない。航は敢えて悪印象を持たれる覚悟で無邪気を装った。
「わあ!なんだろう~?」
ぱかりと箱の蓋を開けるとそこには。
美馬父の名前らしいものが刻印された、黒いカードが入っていた。
「私の名前だと万が一父に迷惑かかると大変だから、一応夫の名義のを差し上げとくわ。気にしないで好きなだけ使ってちょうだい」
「いや、気にするわ」
敬語を気にする暇もあらば、航は速攻突き返した。