犬がすっかり兄弟になりまして・19
ルイたちには雑に皮膚を切り開き、マイクロチップを取り出した傷跡があったという。
ろくに手当もされない犬たちは瀕死の状態になると、よくわからない注射をされ一時的に元気になったとルイは言った。
「元気っていうか、狂ったみたいになった」
そしてまた苦しんで死んだという。
比較的綺麗な犬、元気な犬はマイクロチップをいくつも打たれ、どこかへ連れて行かれたという。
「マイクロチップってそんなにたくさん打つもんなの?」
「おれら1個しか打ったことないよ」
航の疑問にリクもカイも眉を寄せて首をひねった。
「これくらいしかおれらにはわからない。あんまり役に立たなくてごめん……」
「なに言ってんだよ、すっごい情報だぜ、ありがとうな」
うつむくルイの頭を航は撫でた。
「問題はこれをどう美馬さんや警察に伝えるかなんだよなぁ……」
航は天を仰ぐ。事は重大である。なるべく早く警察に通報したいが、犬から情報を得ましたなんて言えるわけがない。いや、今こそ実は小次郎の生まれ変わりなんですだから犬の言葉がわかるんですのカードを切るべきか。
航はため息をつくと、ケージの中の4人を見渡した。
「ま、とりあえずキミらは明日迎えが来るから、あそこのことは忘れて幸せになりなさい」
4人はのそのそとケージから出てきた。そしてひとりひとり航に抱きつく。
航もそれをぎゅっと抱き締めながら、頭を撫でた。
「幸せになれよ」
その動物病院は、土曜日の診療は午前中までしかやっていない。
航たちは平日と同じ時間に起床して、平日と同じように散歩し、平日と同じように朝食を食べ、平日とほぼ同じ時間に家を出た。犬がいると規則正しい生活になって素晴らしい。犬っていうかヒトだけど。
航の実家のだいぶ手前、海に近い町の方が観光客も多く栄えている。
動物病院の駐車場はわりあい広く、でも土曜ということもあってか行った時には満車だったが、少し待っていると停められた。
そこは動物病院だというのに、人間だらけだった。航の視界では。
航は慌てることもなくため息だけついて受付に診察券を出すと、リクとカイに向かって「わー!ひさしぶりー!」と受付の女性が言った。
「今日はお父さんとお母さんじゃないんですね」
「ええ、ちょっと」
ここで説明することではないので航は濁した。
「今日はどうされました?」
しまった、病院って病気しないと来ちゃいけないとこだったと今さら航は思い出したが、一応素直に言ってみることにした。
「えーっと。わけあって僕がこいつらを預かることになったんですが、今までの病歴とか聞いときたいなと思いまして……」
「……」
苦しい、と航は思った。このあいだからこんな思いばかりしている。慣れない嘘に嘘を重ねて、いったい俺の人生はなんなのだ。病歴なんて親に訊けばいいのにと今受付の女性は思っていることだろう。いや、その両親がいないんですよ、その説明すると変な空気になっちゃうから端折ってますけど、こんなことなら健康診断に来ましたとか適当なこと言っておけばよかった……。
「わかりましたー。順番来たらお呼びしますので。リクくんカイくん両方ですよね?」
逡巡している航などお構いなしに女性はあっさりと言った。
「あ、はい」
「では、そちらでお待ちくださーい」
航はとぼとぼと壁際のソファーに座り、リクとカイはその両隣に座った。
「え。それは……」
両親の事故死を告げると、医師も看護師も深々と頭を下げた。
航は慌てて両手を振る。こんな雰囲気になるからあまり説明せずにいたかったのだが。
「いえいえいえいえいえ、もう大丈夫ですんで」
「じゃあ、今はお兄さんのところに?」
医師と一緒に航もリクとカイを見る。
「はい。一度は里親募集しようと思ったんですけど、なんか情が移っちゃって。保護施設の人にも良くしてもらって、面倒見れそうになったので。ご存じですか?」
航が美馬の保護施設の名を言うと、医師はおおと感嘆した。
「いいところじゃない。あそこ、病院もあるでしょ?」
「はい。一応あそこに通ってるんですが、なんか昔かかった病気とかあったら知っておきたいなと思いまして……」
はいはいと医師は言うと、ノートパソコンの中のリクとカイの電子カルテを開いた。
「2頭とも大きな病気もケガもなかったよ。健康状態はすこぶる良好。予防注射も毎年5月に来てくれてたね。ご両親が心配されてた薬の中毒症状も、こっちの病院に来てからは全然出てないから大丈夫だと思うよ」
「それなんですけど!」
航は食い気味に医師に言った。
「中毒症状ってなんでしょう?両親から話を聞いてなくて」
そうなの?と医師は言い、画面をカチカチと開いた。




