犬がすっかり兄弟になりまして・16
4人は恐る恐るご飯を食べ始め、リクとカイはおかわりがもらえなかったことに強く抗議した。
食事中の彼らを邪魔しないように今日はここまでと、航たちは帰り支度をする。
「やっぱりすごいですね、天道さん」とスタッフに声を掛けられ、「いやいや」といい気になりかけたところで美馬の囁きが後ろから聞こえた。
「さすがよ、小次郎」
やはりそれか、と航は小さく舌打ちした。
違いますよ、と前を向いたまま、美馬に聞こえるか聞こえないかの声で航は答えた。
週末だけでいいと美馬には言われていたが、航は毎日帰宅すると、散歩のついでに施設に寄った。たまにしか来ない人間よりも、毎日来る人間の方が話やすいだろうと思ったからだ。
そう。話しやすい。
あまりにも当たり前になりすぎて忘れていたが、航は犬と話せるのだった。話せるどころかヒトに見える。親近感は、毎日世話しているスタッフより、もしかして航の方がすぐに持ったかもしれない。航は毎日施設に来ては、短時間でも「よう、元気?」と話しかけて行った。まるで骨折して入院している同じ野球部のチームメイトを見舞いに来たぐらいのテンションで。
犬と素で話している航を見て、いつしか保護施設のスタッフたちの中では『気持ち悪い』とか『微笑ましい』とかを通り越して『天道さんは犬と会話ができる』ことが普通となり、誰もなんとも思わなくなっていた。
仕事の帰りに直接見舞いに来た初日には、次の日からリクとカイも連れて来るように言われ、食事も済ませて連れて来た次の日には、明日からはごはんも一緒に食べましょうと言われ、三日目からはリクとカイどころか航の食事まで用意されるようになった。
目の前で一緒に食事をするリクとカイと航を、4人は上目遣いで見ていた。もう少しだなと航は思っていた。
航たちが通い始めて4日目。いつもケージの向こう側で身体を丸めていた4人が、扉の近くで食事を待っていた。
「おう」
食事を持ってきた航とスタッフは嬉しくなって笑った。
「腹減ったか」
ケージの扉を開けて器を入れるときも、彼らは逃げなかった。
航は入って来た入院室の扉を一緒に食事を運んで来たスタッフが閉めたことを確認して、あえてケージの扉は開けたままにした。
すぐに彼らがケージから出てくるとは思えなかったが、警戒心が薄れて来た今は行動範囲を広げるいいチャンスかもしれない。だが、突然パニックを起こして暴走する危険もある。入院室の中でだけならなんとか抑えられるだろうと航は思った。
食事が済むと、4人はゆったりと座った。今までは警戒心むき出しで、ケージの隅で小さく丸くなっていたのに。だいぶ信用されてきたなと航は思った。
「なあ。こいつら知ってる?」
航はリクとカイを親指で指すと、航たちを睨むように見つめている、鋭い目つきの青年に向かって言った。
「……ゴールデンとラブラドール」
睨んでいるとはいえ、初めて会ったときより全然視線は柔らかい。鋭い目つきも怖いというより男前だ。
「こいつらもどうもあの繁殖場にいたらしいんだけど、見覚えない?」
「ない」
他の3人もわずかに首を傾げて考えるそぶりをするが、わからないようだった。
「ゴールデンとラブはすぐどっか連れて行かれるから、いちいち覚えてない」
「え……。そんなにいっぱいいたの?」
航は驚いた。
「大きいのはすぐどこかへ連れて行かれるし、子供も連れて行かれたり、注射されて死んだり」
驚きすぎて航は声が出ない。航にはヒトに見えているとはいえ、犬からとんでもない話を聞かされているような気がする。横でリクとカイも絶句しているのがわかる。
「そいつと同じブラックのラブラドールも」
青年はカイを顎で指した。
「腹開いて赤ん坊出した後、無理矢理なんか腹ン中詰められてどっか連れてかれた」
「!?」
愕然とした。とんでもない話を聞いている。本当だとしたら悪徳ブリーダーの劣悪な環境での繁殖がどうのこうので済む話ではない。虐待も虐待。虐待以上ではないか。注射で殺すって。赤ん坊を出した腹の中に何か詰めるって!出された赤ん坊はどうなった!?
「ちょ、え、どういうことだ!?なにがあった!あそこで何されてたんだ、おまえら!?」
思わず声を荒げ、ケージに詰め寄る航に、青年はわずかに眉をひそめた。
「知らないの?」
「なんだよ!?なんなんだよ!?」
3人はまたケージの隅に行ってしまった。そして小さく丸くなる。隠した腕の隙間から、苦しそうに航を覗き見ていた。
「クスリ、作ってたんだよ、あそこで」
航は今度こそ声を失った。
「クスリの実験と、運ぶのに使われてたんだよ、おれら」
この先をどう聞いたらいいのかわからないまま時間が過ぎた。
「天道さーん。そろそろ帰りましょう~」
美馬が呼びに来るまで航は何も言えなかった。




