犬がすっかり兄弟になりまして・15
「このあいだ保護した子たちに会って欲しいんです」
「あの、火事から?」
「はい」
美馬は頷いた。
「……なんで?」
素直な感想だった。
「あんな状態から保護された子たちなので今もまだケージの隅っこで怯えている状態で。時間がかかるのは覚悟しているんですけど、もしかしたら天道さんに会えば少しは心を開いてくれるんじゃないかと思って……」
「いや、あの、僕、ムツゴロウさんじゃないんですけど……」
まったく露口といい美馬といい、航のことをどう思っているのか。正直ライは航でなくても、遊んでくれそうな体力のある人間を見つければ誰にだって懐くのではなかろうかと航は思っている。たまたまここのドッグランでは航が標的になったに過ぎない。
「今日もドッグランで保護っ子や他の利用者さんのわんちゃんも巻き込んで上手に遊ばれてたって、スタッフが感心してました。なかなかハーメルンの笛吹きみたいに犬を操れる人はいないって」
あまりよくない例えのような気がする。そう思いつつ航は「はあ」と言った。
「スタッフと交代で家に連れ帰ったりしてるんですが、さすがにゴールデンとラブは家を選ぶので気軽に連れて帰れないんです。リクくんとカイくんと同じ犬種だし、会ってみてくれませんか……?」
スタッフさえ難しそうなのに、リク・カイと同じだからと言ってすぐに打ち解けてくれるとも思えないのだが。
「……会ってもなんにもできませんよ。俺、動物のプロでもなんでもないんで」
頭を掻きながら航が言うと、美馬は手を合わせて喜んだ。
「ありがとうございます!ちょっと顔を見て、ちょっと声をかけてもらうだけでいいんです!世の中には怖い人間ばかりじゃないって、犬にわかってもらえればいいんですから!」
「……あんまり期待しないでくださいね」
「ありがとうございます!」
「で、今からですか?」
航は美馬の部屋がある上を指さした。たしか美馬はトイプーを連れ帰っているはずである。美馬も一緒に上を見上げたが、すぐに頭を振った。
「いえ。今日は別のスタッフが連れて帰っています」
「じゃあ、あっち?」
保護施設の方を航は指さす。とうに閉館の時間は過ぎているが、宿直のスタッフはいるのだろう。
「いいんですか?ごはん……」
しまった、発泡酒を呑んでしまった。
「歩いて行きますけど」
「車出します」
美馬は立ち上がり、航も立ち上がる。
「留守番しとくか?」
「ついて行くに決まってるだろ」
リクとカイも当然のように立ち上がった。
「あ、天道さん」
美馬は靴を履きながら言った。
「お魚焼くときは、換気扇回すといいですよ」
やっぱり臭かったのねと思いつつ、航は慌てて窓際に戻り、隙間を開けていた窓を閉めた。
なぜゴールデンレトリバーとラブラドールレトリバーが待っていると思ったのだろう。
航は案内された動物病院の入院棟で途方に暮れていた。
大きめのケージに入ったそれぞれの男女は、向こうの片隅で小さく震えていた。
火事で助けた犬たちって聞いてたじゃん、と航は眉間を揉んだ。あそこに犬はいなかったじゃん、と航はさらに眉間を揉んだ。あそこで助けたのは全部ヒトだったじゃん。穴が空くほど眉間を揉んだ。
「不思議だな……」
航は観念して眉間から指を外し、険しい目でケージの中のヒトビトを見た。
「同じゴールデンとラブなのに、おまえらと全然違うのな」
左からなかなかロックな感じの青年、インスタの写真がラーメンばっかりそうな女性、シュッとした目鼻立ちにきつい目線で睨んでくる青年、楚々としたたおやかな女性。その誰もがケージの隅で身体を小さく丸めている。
「さすがですね、天道さん。カイくんはともかく、リクくんと顔の区別がつくんですね」
ということはラブラドールは黒以外で、ゴールデンはリクと同じゴールドなのだなと航は睨んだ。
「ラブラドールは、これ、し、ろ……?」
探るように言うが実は白か黒かしか知らない。
「イエローですね」
まさかの黄色。航は驚いた。
「よく白って言われるんですけど、ラブラドールはブラックとイエローとチョコレートだけです」
あてずっぽうからのギリセーフ。チョコレートでなくてよかったと航は胸をなでおろした。
会話を交わす美馬と航を4人は怯えながらもじっと見ている。そしてたまにちらちらと航の隣にいるリクとカイにも視線をやっていた。リクとカイもじっと4人を見ていた。
「火事のとき助けてくれた天道さんとリクくんとカイくんだよ」
美馬は優しく4人に言葉をかけた。
手前には茹でた野菜と肉が乗ったふやけたドックフードが手を付けられずに残っていた。横に置かれた水も減っていない。
「食わないの?ここのメシ、わりと美味いと思うよ。美馬さん監修だから」
美味いという言葉にリクとカイが反応し、ケージの中のご飯を凝視したまま涎を垂らし始めた。
「毒なんて入ってないよ。心配すんな」
「ウソだ」
きつい目鼻立ちのどうやら実はラブラドールらしい青年が言った。航も美馬も「え?」と言った。航にははっきり「ウソだ」と聞こえたが、美馬は「唸りましたね」と言った。
「毒でも食わされたことがあるのか?」
航が言うと、ラブラドールらしい青年は顔をしかめた。他の3人は余計に小さく身体を縮めた。一体何をしていたのだあそこの悪徳ブリーダーはと沸々と湧き上がる怒りを抑えながら、航はなるべく優しい声を出す。
「ここのご飯は大丈夫だから。絶対大丈夫だから。誰もおまえらを傷つけないから安心して食え」
「……信じられるかっ!」
ラブラドールらしい青年はさらに鼻に皺を寄せて吐き捨てる。
美馬の話では全然食べなかった時期は過ぎたらしいので、お腹が空けば少しは食べるのかもしれない。だが、こんなに警戒しながら食べるごはんなど、なんにも味はしなかろうと航は考えた。要は毒が入ってないと納得すればきちんと毎回食べてくれるのではなかろうかと。毒が入っていないことを証明するには、今ここで、この目の前のごはんを、ご飯を持って来る人間が食べて見せるのが一番手っ取り早いわけで。でも、目の前のドッグフードはだいぶスープを吸ってふやけていて。ていうかドッグフードなわけで。いやでも、噂でドッグフードとはいえ人間も食べられないことはないと聞いたし。
「しょうがないな」
航は腹を括った。
ケージの扉を開け、ドッグフードの入った器を取り出す。ドッグフードはさすがに勇気がいるが、上の茹でた野菜と肉でなんとかごまかせないものかと思いつつ、いやでもしっかりこっち見てるなこいつら、と野菜を摘まんで口に入れようとした瞬間。
「!?」
「うまい!」
「なんで食べないのこれ」
航は押し倒され、こぼれそうになったごはんの器をリクがキャッチし、カイとふたりで手を突っ込んで一心不乱に食べ始めた。
すぐに一皿食べ終わったふたりは、次のケージの前で器を見つめて座っている。
4人は震えも止まり、ただ呆然とリクとカイを見つめ、美馬はスタッフにご飯のおかわりを指示していた。




