犬がすっかり兄弟になりまして・11
珍しくドッグランに続く保護犬舎への扉は閉められていた。施設にいる保護犬たちはドッグランに出てきているし、あの時のニセ火事騒動の余韻だろうと航はあまり気にしていなかった。
「あれ?ブルクは?」
いつもベンチに座っている、背のやたら高いブルクがいない。
「ブルクなら引き取られて行ったよ」
きょろきょろとあたりを見回している航に、つぶらな瞳の青年が言った。
「……誰?」
なんとなく見覚えはあったが、名前を思い出せない。制服を着ていないことからもスタッフではないような気がするが、常連客のようでも無いような気がする。
「ほら、いつも来てた猫の家族だよ。とうとう貰われて行ったよ。やっぱあんな事件のあとだからさ、心配になったんだって。飼い主さん、おいおい泣きながら毎日看病に来てたもん。最後はブルクもさ、絆されたみたいで。照れながら美馬さんに頭下げて出てったよ」
感傷的にちょっと鼻とかすする青年を航は冷静に受け止めた。いやこれ絶対人間じゃあない。
「いや、そうじゃなくて、おまえ誰?」
青年はとても傷ついた顔をして航を見た。
「ええ?毎週会ってんのにそんなこと言う?」
「犬だってことはわかってる」
「そんなこと見りゃわかんじゃん」
「わかんないから聞いてる。で、誰」
青年は一歩のけ反って航を見た。
「うっわ。噂通り変なこと言うお兄さんだ。もしかしておれのことも人間に見えてるとか言うの?」
「ちょ待て。誰が俺の噂してるんだ」
「ライ」
あの野郎と周りを探すがライの姿は無い。
「で。おまえは?」
「ここの保護犬だよ。ウズラって言うの。覚えといてねお兄さん」
犬にウズラ。誰のセンスだろうと航は思った。
「何犬だ?」
「ミックス」
航の目にヒト化して見える犬や猫たちは、もともとの大きさとはあまり関係していない。たしかにブルクは背の高いヒトではあったが、チワワのタマとゆうゆもモデルのようにすらりとした少女たちであった。今目の前にいる青年はリクやカイよりは小さいが、何犬なのかは全く想像できない。
「なんとなんの?」
「野犬と野犬の」
「……いいように言うなよ。雑種だろ」
「あ。今その言い方すると怒る人いるからね。気をつけてよ」
航の顔面に人差し指を突き付け、ウズラは厳しく言った。
「おまえ、ここ長いの?」
ウズラの指をはたき落とし航は訊く。
「そろそろ1年かな~。お兄さんたちより早くからいるよ」
「見つかんないの?家族」
「いや~、今月出て行く予定だったんだけどね~……」
ウズラは眉を八の字に下げ、自嘲した。
「やっぱ有名どころのお犬様には勝てないさね」
美馬の保護施設では野犬出身の雑種を主に預かっている。なので人馴れや躾、訓練などの期間を経る譲渡までに最低でも1年はかかる。1年かかるということは、それだけ1頭の犬に手間もお金もかかるということだ。譲渡費用にかかった生活費を全部上乗せするわけではないが、雑種とはいえそれなりの金額を保護施設側は請求する。それでもその犬が欲しいという気持ちが、飼い主への信頼へ繋がるからだ。
この保護施設で育った犬たちはしっかりとした躾がされているため、たとえ野犬出身の雑種でも募集がかかれば短期間で譲渡されることが多かった。
たまに有名な犬種の犬が保護されることもあったが、そんなときは法外な譲渡費用をふっかけて譲渡希望者をまずビビらせた。そこからふるいにかけて、譲渡先として一番ふさわしいところをスタッフ一丸となって審査するのである。主に水口が。
そして今まさにその、細かすぎるほど細かい目のふるいが水口によってふるわれ、その余波をウズラは受けているのであった。
「うちの可愛いウズラをいったん保留とか生意気なこと言うヤツに、犬とか譲れると思うか?あん?」
顎をしゃくる水口に、ガラ悪いなと内心思いながら「そうですよねえ」と航は穏便に言った。
人馴れも問題ない、他の犬とも仲良くできる、散歩や留守番など躾も完璧、たまにアジリティなんかもこなしちゃうパーフェクトなウズラはサビ柄のちょっとやんちゃに見える短毛の犬だという。耳が垂れているのか立っているのか、尻尾は短いのか長いのか、細いのか太いのかそこらへんは航にはわからない。これだから雑種は困る。詳しく水口に聞きたいが、ウズラの話を振ったらちょっと機嫌が悪くなったので今度にしようと航は思った。どうやって聞き出すかはまた後で考えるとして。
「結構人気あったんだよ~、ウズラ。3件ぐらい申し込みあってさ。どこもいいご家庭でね。結局ウズラが一番懐いた家に譲渡する予定だったのにさ」
ウズラの引き取りを辞退して、例の繁殖場から保護したゴールデンを引き取りたいと言って来たという。
「でもまだホームページで募集もかけてないですよね」
「ニュースになったからね。どうやってか調べる連中はいるんだよ。今日の取材だってそう。美馬さんも治療と躾がちゃんと終わって募集かけるまでは取材受けたくないって言ってたんだけど、結局ここの施設名も住所も言わないってことで受けたの。あくまで悪徳ブリーダーの被害ってことでね」
水口は大きくため息をつく。
「やだねえ、まったく。『慈悲深い自分』を演出するために『可哀想な犬』を引き取りたがる人間ってのは」
「……かえってよかったかもですね、ウズラ」
「そう思いたいけどね。ウズラは傷ついてるよ」




