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ココロノツバサ - distant moon  作者: Kanra
第八章 破滅の月と月の入り
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最終話 富士の裾野から

今日走るサーキットは、小岩剣にとって完全にアウェイだ。

いや、小岩剣だけでは無い。

三条神流にとっても、アウェイだ。

更に小岩剣は急遽、走ることになったのだから、事前にコースレイアウトを頭の中に叩き込もうにも、走行動画を見てイメージトレーニングしようにも、圧倒的に時間が足りず、十分ではない。

ブリーフィングが終わる。

だが、坂口拓洋は目で小岩剣に「残れ」と言う。

プレスルームでのブリーフィングが終わった後も、坂口拓洋と小岩剣はプレスルームに残る。

「なんで俺がお前をあの時、ここへ呼んだと思う?」

「ー。」

「お前、あの時の行動次第では、HONDAに恨まれることをしていたのだぞ。」

「ー。それは、自分がエゴのために走っていたからでしょうか?だから、HONDAディーラーも、わけの分からない噂話を面白おかしく第三者に流したのでしょうか?」

「HONDAディーラーがお前の妙な噂話ぶち撒けた件は、こっちにも来てる。お前が暴走した要因の一つになっていると思ったし、これは、HONDA所属のレーシングドライバーとして見過ごすことは出来ない。だから内部告発した。今、群馬のディーラーは本部、警察、消費者庁等、関係各所から取り調べを受けていて、結果次第では、後で謝罪会見開くハメになり、HONDAはその地位を失うことになるだろう。まぁセキュリティアプリにカスペルスキーなんか使っている日本に、情報保護なんか無理だって言う声もあるが、にしたってあの嘘か本当かも分からない上、客でも無い他人の個人情報やら名誉毀損問題になるような噂話を、関係ない第三者に面白おかしく広めるのは、ディーラーとしてやってはいけない事だ。まぁ少なくともやったディーラーだけは潰されるだろう。」

と、坂口拓洋は吐き捨てた上で、

「走るきっかけなんて、どうでもいい。」

と言う。

「なら、なぜ?」

「ヘルメットだよ。」

「えっ?」

小岩剣のヘルメットは、坂口拓洋から譲り受けた黄色いHONDAレオスのヘルメットだ。

「ヘルメット投げ捨てようとしただろ?その時、寸前で捨てなかった。止めた。それが気に入ってな。なんで止めた?」

「ヘルメット投げ捨てたところで、どうにもならないことでした。それに、ヘルメットは自分の命を守る物です。それを粗末に扱うのはー。」

「分かってんじゃねえか。なら、もう少し、分かることが出来るだろう。」

坂口拓洋は言いながら、プレスルームのブラインドのカーテンを開けた。

カーテンを開けた向こう側では、今、N-ONEオーナズカップの予選をやっている。

「浮気野郎はトワイライトエクスプレス色のN-ONEだったな?」

それに頷く小岩剣。

「あの浮気野郎は、このサーキットまで来られなかったよ。」

「ー。」

「そもそも、初めてのレースがここなんだぞ。ならば、緊張するなってのは無理な話さ。まぁ楽しめ。そして、レースってのがどんな物か、それを体感してみろ。」

今、N-ONEオーナズカップ予選のチェッカーが振られた。

ピットレーンでは、三条神流のZD8型BRZ、松田彩香のGR86を含む隊列がコースインを待っている。

「世界一の長さのストレートを持つとは聞きましたが、凄いですね。富士スピードウェイは。」

ここは、静岡県小山町。

富士山を見上げる世界一の長さを持つサーキット。

富士スピードウェイである。


小岩剣と同じく、初めての富士スピードウェイである三条神流だが、三条神流は松田彩香とグランツーリスモでの訓練を行っていたため、小岩剣よりも圧倒的に有利な状況だ。

更に、予選の途中で松田彩香が前に入り、レコードラインを走ってみせながら、三条神流を引っ張り、重連運転の形で予選を進める。

一方で、小岩剣には何も助けてくれる物はない。

三条神流と松田彩香のGR86/BRZ Cup予選が終わったら、小岩剣の走行枠。

小岩剣はコースインの時間まで、必死になってコースレイアウトを頭の中に叩き込む。

「無駄だよ」と、坂口愛衣が横から言う。

「走り始めたら全部、ぶっ飛ぶ。とにかく、周り見て、自分の位置を見失わない。」

「ー。はい。」

「力無い。女の子殺しの可愛い見た目だけに余計に力無い。」

「ー。だから、自分は振られまくりなのでしょう。自分が子供のような見た目で、頼り無いから、みんな大人っぽい人に目移りしてしまうのでしょう。」

言いながらヘルメットを被り、S660のエンジンをかける。

「おい。」

と、窓をノックされた。

誰かと思って窓を開ける開けると山本尚樹の姿。

「しっかり走れよ。初めてのレースがFSWなんて、スゲェ経歴だぜ。結果を出そうとするなら、しっかり走り切るって言う結果を残せ。クラッシュしたり、或いはビビって逃げ出したりって言うのでは結果にならないが、たとえ最下位でも無事に走り切れさえすれば、結果は残るからな。」

山本尚樹が言う。

「ー。」

「頑張れよ。」

その時、小岩剣の走行枠が始まった。

小岩剣、コースインする。

最初の1周目はペースが遅い。

その状態が3周続いたが、その後、小岩剣の目の色が変わった。

目の色が変わった小岩剣のS660は、メインストレートを矢のように突き進む。

それを見送った玲愛は頷いた。

(それでこそ私の弟よ。そして、アンナのパートナーよ。)

その時、玲愛は電話を受けていた。

「例の彼は今日、初めてのレース。」

「FSWで初めてのレースとは無謀な。群サイの映像見た。まぁセンスはあるね。会うのが楽しみ。」

「目標を失ったワンコ君と、その強すぎる力故にチームを叩き出されたアンナが出会った時、何が起きるのか楽しみにしているわ。明日のTCRJが、アンナのデビュー戦ね。」

「って言うか、面倒な手続き済ませた足で、もうFSWに来ちゃったわ。」

「気の早い事で。パドックパスは?」

「入手済み。」

「抜かり無いね。待ってるよ。」

と、玲愛が笑った時、小岩剣のS660がメインストレートを駆け抜けていった。

(軽々しく、あんな事言う俺が間違っていた。世界って、広い物だ。この広い世界を、エスロクで駆け抜けて行きたい!)

と、小岩剣はニヤリと笑い、果敢に、富士スピードウェイに挑む。


例えば、自分の目指す物。やりたい事。なりたい自分。そうした物を持っていて、それを目指して頑張って来たけど、ある日突然、自分ではどうする事も出来ない事により、その全てが叶わぬ物になってしまい、自分さえも見失ってしまったなら、どうすれば良いのでしょうか。 


その答えを見つけるために。


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