70 チェッカーフラッグ
スタート地点の鳥居峠。
トワイライトエクスプレスのカラーリングのN-ONEが姿を見せた。
「なんかやってんの?」
と、加賀美咲が三条神流に言う。
三条神流は嫌な顔を浮かべる。
なぜなら、助手席に小岩剣が見たら卒倒する要因があったからだ。
東郷日奈子が溜め息を吐きながら、何をやっているかを伝える。
三条神流は嫌な予感を感じた。そして、
「バトルを止めさせろ。」
と、恵令奈に進言。
恵令奈、松田彩香、そしてADMと霧降艦隊が同意し、マーシャルに赤旗指示を出そうとしたが、
「なぜ止める?」
と、坂口拓洋。
坂口拓洋他、ホワイトレーシングプロジェクトは事情を知らないのだ。
一瞬考えるが、日奈子と恵令奈が「小岩剣が追っていたのは、自分等三人姉妹では無く、トワイライトエクスプレスカラーのN-ONEの加賀美だ」と言い、今の小岩剣に加賀美の真相を話せば、小岩剣が積み上げた物が台無しになるどころか、最悪、学んだ事を用いて暴走する恐れがあると言うが、「知るか」と坂口拓洋は一蹴し、バトル中止を認めなかった。
小岩剣を必死になって追う玲愛。
しかし、今度は目の前に落雷。
激しい閃光が目に入って視力を一瞬失う。
「わっ!」
ガードレールに衝突しかかった玲愛。
一瞬、真後ろに付けた小岩剣のS660がまた離れると、またもや変形溝走りを行う。
「嬬恋ラリーでも見ているの私は?」
玲愛は舌を巻いた。
抜こうにも、抜けないサンダーボルトラインのコースに、S660からジェットエンジンのような、ブローオフの音が響く。
以前はこれにすらビビっていた小岩剣だが、今はもうビビらない。
むしろ、どこまでも駆け抜けていけると言う思いが湧き上がってくる程だ。
雲の隙間に、何かが見えた。
もう登ってきたのかと思う小岩剣。
後を見ると、玲愛がビタビタに付けている。
「引かないですね。玲愛さん。」
と、小岩剣は言う。
展望台にいる愛衣は、雲の中から聞こえる車の音が近付いてくるのを感じた。
展望台を境に、雲は切れて満天の星空が広がり、道の伸びる方向には月が見えていた。
(私達は、金精峠―いろは坂往復公道レースで、雷の中を走った。小岩君も雷雲を抜けて来い!)
「ドギャッ!」と変な音。
そして、雲の中から2台が現れた。
先頭はロータス。
だが、背後にピタリと、S660が付いていた。
S660が通過した瞬間、雲が道の部分だけいきなり、ナイフで切り裂いたように晴れてしまったように見えた。
(ほう。拓洋と同じく、勝利へ向かうオーラを形成したか。マジで速い奴は、どんな状況をも覆す程のオーラを発生させる。この勝負、S660が勝つ。)
その時、愛衣の背後に落雷。
玲愛は小岩剣のS660のバンパーを押した。
バランスを崩したS660の隙を突き、強引にオーバーテイク。
接触であるが、これはレーシングアクシデントとなる範囲と思われるので、玲愛のペナルティーは無い。
しかし、逆に、玲愛はとんでもないものを見てしまった。
小岩剣が雲を抜けた瞬間、目の前に月が現れ、それに向かって道が伸びていくように見えたのだ。
(速い奴、強い奴というのは時に、勝利へ向かうオーラを形成する。ワンコ君がそれを―。)
月の方向を見る玲愛は、人影のような物を見た。
(美輝、お父さん、お母さん、私って―。)
61号ヘアピン。
玲愛突っ込みすぎた。
パワーオーバーステアで乗り切るが、小岩剣がインサイドから変形溝走りで迫ってくる。
立ち上がりでサイドバイサイド。
次のコーナーでもサイドバイサイド。
そのまま、62号ヘアピンに突入する。
小岩剣は大外刈を試みるが失敗。
だが、失速は最小限に抑える。
そして、66号ヘアピンでもう一度サイドバイサイド。
しかし、ラインをブロックされてしまい前に出られない。
「イカ踊りして、目茶苦茶なラインを走らないから、これはペナルティーにならない。でも、だからってこんなことしていたらダメだ。」
何度も何度も、小岩剣は仕掛ける。
だが、馬力で上回るロータスを前に、どうすることもできない。
「落ち着け!」
と、小岩剣は自分に怒鳴る。
(ここで仕掛けるのは無理だ。仕掛けるのは、小沼から先のダウンヒル区間。そこまで温存する。筑波で、電気自動車相手にやったやつをやる。)
軽井沢峠を通過。
すでに、山頂カルデラ壁の淵に来ている。
大山神威のいる、小沼駐車場は晴れていたが、雷の音は聞こえた。
「おい。赤城の警告の中に飛び込んだことになるんじゃねえのか?」
「大丈夫かあいつ―。」
と、小岩剣の心配をする声が聞こえるが、大山神威は、
(ガキは登ってくる。ゴールする。)
と思っていた。
小沼駐車場前を通過。
小岩剣とロータスがサイドバイサイドになった。
インサイドにロータス。
アウトサイドにS660。
ロータスはドリフトしている。
そうとくれば、小岩剣も同じくドリフトだ。
しかし、抜けない。
「セナvsマンセルのバトルを見ているようだ。」
と、大山神威は言った。
ダウンヒルに入った。
小沼から鳥居峠まで、最後のダウンヒルだ。
「温存していたもの、全部ぶつける!」
「負けないよワンコ君!」
そうした思いのぶつかり合いだ。
ヘアピン。
ロータスが溝走り。
だが、S660も同じく溝走り。
立ち上がりでは、S660が上。
赤城山第3スキー場も通過。
まだ勝負は分からない。
ゴール地点。
最終コーナーを立ち上がってくるマシンを確認。
小岩剣がインサイドから溝走りで。玲愛がアウトサイド。
サイドバイサイドだ。
しかし、玲愛のロータスのタイヤが悲鳴をあげたと思ったら、リアが滑り始める。
「コノッ!」
クラッチペダルを踏み込んでスピンを止める玲愛。
しかし、小岩剣がその間に前へ出た。
拓洋は、
「よし。」
と頷くと、チェッカーフラッグを用意。
(ロータスぶち抜けんだ。N-ONEのタコなんか相手にするな!もっとデカいとこ行け!俺は、それでもまだ、あの場所でトップチェッカーを受けられていないんだ。)
拓洋がチェッカーフラッグを思い切り降る。
小岩剣のS660がパッシングで応えた。
バトル終了。
小岩剣の教育プログラムは、全て終了である。




