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ココロノツバサ - distant moon  作者: Kanra
第七章 暗雲の月
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65 卒業試験

一度、給油のため富士見のアポロステーションに行った小岩剣は、道の駅 ぐりーんふらわー牧場・大胡で、秩父から来るホワイトレーシングプロジェクトの隊列と合流する。

(アレっ?)

と思ったのは、予定より1台多いからだ。

「ああ、お前ははじめましてだな。」

と、坂口拓洋は言いながら、大山神威を紹介する。

「俺のもう一人の教官で、お前の話ししたら同行してくれたんさ。」

「サーキット育ちのレーシングドライバーが多い昨今、公道上がりのレーシングドライバーは前時代的だ。だが、その中から選ばれた存在かどうか、見させてもらうよ。」

と、大山神威は言う。

小岩剣はビクビクしながら、大山神威の車を見る。

「気になるか?」

と、大山神威。

「アメリカのアキュラとHONDAが共同開発した、世界最高峰の性能を誇るスーパーカー。NSX‐NC1だ。」

「初めて見ましたこんな車。」

「拓洋のNSXは旧車扱いされるが、こっちは現行型さ。ただ、群サイのようなところでは、拓洋の方が速い。」

と、大山神威は言う。

「さて、試験内容を説明させてもらう。」

拓洋は試験内容を説明する。

拓洋とヒルクライムとダウンヒルの模擬バトルを行い、愛衣と大山神威が後方から小岩剣のドライビングを見て、最終的に3人で合否を見極める。

今回は経験の差から、スタート方式はカウントを取らないハンディーキャップ方式で、小岩剣が先に好きなタイミングでスタートし、拓洋はそれに合わせてダッシュする。

「スタート前に一つ。これはバトルではない。テストだ。なので、仮にどこかで抜かれても、それが結果に影響することはない。このバトルは後の2台が追跡しながら記録する。それを元に、結果を評価させてもらう。」

と、拓洋が「これはバトルではなくてテストだ」と名言する。

拓洋が車に戻り、ヘルメット着用。

小岩剣もまた、中古のヘルメットとグローブを着用している。

愛衣もヘルメット着用。

大山神威もヘルメット着用。

小岩剣がスタートを切った。

それに合わせ、と言うより1秒弱遅れて、拓洋もスタート。

姫百合駐車場からスタートすると、いきなり5連続のヘアピンコーナー。

この地点から、上り勾配だ。

赤城山の裾野は35キロに渡って広がっており、その広さは富士山に次いで2番目。

そして、その広大な裾野故に、赤城山の峠道は「騙される」ことが多い。

それまで、なだらかな勾配だと思って走っていたが、急に変速するように、勾配がきつくなる。

特に、赤城道路は赤城神社の1の鳥居から姫百合駐車場までは緩い勾配のストレート区間が中心だが、姫百合駐車場を過ぎるといきなり勾配がきつくなり、更にコーナーも増える。

そして、勾配がキツくなる姫百合駐車場をスタート地点としたのは、坂道発進とレーシングスタートのやり方を見るためだった。

だが、難なく、小岩剣はスタートした。

最初のヘアピンを抜け、ストレート区間。

小岩剣は加速する。

(安定して加速している。立ち上がりは、昔の俺と互角だな。ブレーキングポイントはどうだ?)

と、思いながら拓洋はブレーキングを見る。

ブレーキに関しては、拓洋がFEEL’Sのステンメッシュラインを入れているのに対し、小岩剣はパッドとローターは社外品モデューロだが、ブレーキラインはノーマルなので拓洋と小岩剣は同じタイミングでブレーキングはしない。

小岩剣は一瞬だけブレーキを踏んだように見えたが、すぐにパドルシフトで変速するようにしたらしい。

一方で、拓洋はガンっと一回ブレーキを効かせたが、後はパドルシフトで変速する。

(判断に迷いがある。判断は一瞬でしろ。ここはホームコースだろう?)

と、拓洋は思う。

しかし、ここはS字のようになっている。

パドルシフトで変えたギアがマッチしているらしい。

小岩剣はスムーズにコーナーを抜けていく。

(ここはうまいな。だが、俺なら。)

と、拓洋はドリフトで抜ける。

再びストレート。加速する小岩剣。

そして、ヘアピンに突入。

一瞬、小岩剣がブレーキングしたが、パドルで変速。

(ここは迷いないな。)

だが、ここもS字状の複合コーナー。

一つ目を抜け、次のコーナーに突入する際、リアが逃げる。

(VSAは切っていないだろう。それを活かせ。ビビるな。)

と、拓洋。

小岩剣は、構わず抜けていった。

赤城道路は、赤城白川に沿う形で赤城山を登っていく。

沿道には、ミズナラの巨径木が沢山植生している。

よくよく見てみると、そのミズナラには沢山のヤドリギが寄生しているのが分かる。

だが、バトルモードで走る小岩剣と、それを追う拓洋と愛衣、大山神威の目に、それは入ってこない。

28号コーナーを、小岩剣はグリップで抜けるが、拓洋はここで突っ込み重視の溝走りを行う。

29号から30号コーナーの複合。

小岩剣のライン取りは、安全マージンを残しており、何かあっても対処可能なようにしている。

(対向車を警戒しているのか。確かにそれは大事だ。だが、時折、変なラインを取る。おそらく、プレッシャーによるものだろうな。これは経験を積むしかないが、いつまでもそうして怯えていると―。)

30号を立ち上がる。

拓洋は小岩剣のアウトサイドから立ち上がる。

(この先の緩い31号でインサイドに入られる。そして、32号でインからドカンと抜かれるぜ。)

その通りになる。

拓洋は右の31号コーナーで、立ち上がり重視の溝走りを行い、続く、右ヘアピンの32号ヘアピンコーナー突入時、僅かに小岩剣の前にいた。

ここでも立ち上がり重視の溝走りだ。

(小岩。お前は成長している。俺としては合格点出せなくない。お前の最大の弱点は右。公道のセンターラインの右側は、対向車が来る危険域。インデットに飛び込めば、対向車と正面衝突する可能性がある。誰でも100%では行けないが、ミラーの確認やこちらへ向かってくるヘットライトの灯りが見えた等、経験と努力次第で、限りなく100に近づけていける。俺はこの後、敢えてかなりの手抜きを行う。それを抜き、その後、俺がもう一度抜くが、そのやり取りを見て、愛衣と大山さんがどう判断するか委ねる。)

と、拓洋はどこで、小岩剣にオーバーテイクさせるかを考える。

(39号辺りだ。ここで俺は、変形溝走りをしようとして、溝に入り損ねてアンダーステアを誘発させる。結構な失速になるから、立ち上がりで小岩はサイドバイサイドに来れるだろう。)

その、39号ヘアピンは左。

だが、高低差もあり、ヘアピンの先も見えるので、対向車の有無の確認も容易だ。

拓洋は予定通り、変形溝走りを行おうとしたが、溝に入り損ねる。

そして、アンダーステアを誘発させた。

アウトへ膨らむ。

「ガツン」とブレーキを蹴飛ばしたため、派手に失速。

小岩剣のS660がインから抜けていったが、その時、ガクっと揺れた。

(ほう。溝走りをマスターしてやがったか。そうなると、地獄谷温泉跡からの急勾配低速セクションでぶち抜くのが、ちょっと大変かもな。)

連続するコーナーを、小岩剣はグリップで抜けていく。

拓洋もドリフトでそれに続く。

しかし、大山神威は、この2台の走りの違いを見つけていた。

(拓洋。お前、手を抜いていると見たけど、このガキは拓洋と違う走りをしている。拓洋は昔ほどでは無いが、今もなお、ドリフトがメインの走りをしている。そして、ガキは地味なグリップメイン。最初こそ、地味だなって思ったが、お前がぶち抜いた後、ケツから追っている姿を見て「おや」って思った。かなりコースに熟知している。それ故に、無駄と思える物がない。確かに、迷いこそあるが、走行ラインに関しては、スムーズで無駄が少ない。拓洋と小岩の走りの違いは「和式と洋式」だ。)

地獄谷温泉跡を通過し、低速セクションに突入。

ここで、拓洋が本領発揮。

54号ヘアピンを溝走りで一気に抜け、立ち上がりで、サイドバイサイド。

しかし、小岩剣も続く55号で、突っ込み重視の溝走り。

拓洋は直ドリ。

だが、小岩剣はグリップ。

立ち上がりで、続く56号では、インサイドの拓洋が溝走りで前に出る。

しかし、その後の小岩剣はグリップで駆け抜ける。

57号で拓洋は、ドリフトとグリップの中間で走る。

しかし、小岩剣はグリップだ。

後ろで見る大山神威は、

(合格点だな。)

と思う。

(拓洋は、コーナーのクリッピング付近までブレーキを残して走るのに対し、ガキは、減速する場合、コーナー手前で減速を終えている。そして、加速も減速もしない。拓洋の走りは、フロントのアウトサイドに大きく負荷がかかるが、ガキの場合は、アウト側の2輪に負荷が分散されるため、タイヤの負荷が少なくなる。)

ヒルクライムバトル終了。

そのまま、ダウンヒルに入る。

大山神威は、愛衣に無線交信。

「愛衣。前に行け。あのガキと拓洋の走りの違い、よく見ろ。ダウンヒルではそれが顕著に現れる。」

愛衣は理解できない。

しかし、赤城道路のダウンヒルは、スタート直後に激しい標高差を一気に駆け下る低速セクションが待ち受ける。

このセクションでは、パワーではなく、ブレーキングコントロールとハンドリングが重要だ。

つまり、走り方の違いが顕著に現れ易いセクションなのだ。

愛衣も、接近して、走りの違いを見る。

(確かに、何か違和感を感じる。私とも違う。何かが違う。)

と、愛衣は思うが、それが何か、理解できない。

そして、愛衣も、思わず、いつもの走り方をする。

それを見た大山は、

(愛衣、考えてみれば拓洋も危険だが、お前の方がもっと危ないな。)

と思った。

何故なら、拓洋の走りは、愛衣の摸倣と言っても差し支えないのだ。

そして、その愛衣もまた、ドリフトがメインの走りをしている。

愛衣は、大山の言っている事を理解しようとするが、それに気付くにはかなりの時間がかかってしまった。

低速セクションが終わった時、拓洋はまたも、敢えて後方へ引き、小岩にオーバーテイクさせた。

だが、拓洋も徐々に違和感を覚えていた。

(何だ?地味だけど速いぞこいつ。)

と、思い始めた。

当初は、Modulo Xと、拓洋のS660のベースであるS660βの違いかと思ったが、そうではなさそうだ。

(何が違う?)

拓洋は考えるため、当初のオーバーテイクのタイミングを大幅に送らせて、姫百合駐車場手前の連続ヘアピンで、また抜き返すつもりだ。

愛衣も理解できない。

(パドルシフトによるエンジンブレーキは分かるとして、でも、違和感の理由が分らない。)

愛衣は珍しく、苦悩する。

そして、姫百合駐車場手前の連続ヘアピン。

ここで拓洋が仕掛ける。

その時、愛衣は何がおかしいのか分かった。

「まさか!小岩の走り方は、グリップがメインで、更にノーブレーキ走法!?」

「ああ。そして、もう一つ、根本的な違いがある。走り方だ。」

「えっと―。」

「次のコーナー。よく見ておけ。」

小岩剣は愛衣の予想に反し、ブレーキングしているが、それも拓洋と違う。

「あれ?」

「分かったか?」

「タイミングが―。」

「そうだ。小岩は、減速する場合、コーナー手前で減速を終えている。そして、コーナリング時はアクセルでコントロールまたはペダル操作はしないで加速に備えているが、拓洋は、コーナーのクリッピング付近までブレーキを残して走る。その違いが分かるか?」

「ええ。そうなると、当然、タイヤへの負荷の掛かり方が異なりますね。」

「ああ。拓洋の走りは、フロントのアウトサイドに大きく負荷がかかるが、ガキの場合は、アウト側の2輪に負荷が分散されるため、タイヤの負荷が少なくなる。拓洋の走りは「和式」で、小岩の走りは「洋式」だ。そして、長期決戦になった場合、どちらが有利だ?」

「―。」

愛衣は、拓洋の本当の狙いが、自分自身の成長にあると言っていた事を思い出した。

そして、その狙い通りの結果が、今、目の前で起きているにも関わらず、拓洋がそれに気付いていない可能性が高い。

これは、後々、拓洋が小岩に潰される危険があると示していた。

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