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ココロノツバサ - distant moon  作者: Kanra
第七章 暗雲の月
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64 出撃準備

三条神流と松田彩香、ガレージハウスを出る。

小岩剣が、マルシェでS660に初のチューニングを施したので、その試運転に随伴するためだ。

マルシェに着くと、小岩剣のS660が洗車スペースから出て来たところだった。

見た目は変わっていない。

霧降からチューニングの内容を聞くが、ECU、マフラー共に、ホンダツインカム(FEEL’S)の物にし、エンジンレスポンスとトルクアップ、何よりも、馬力アップを得たと言う。

「マジか。実はだー。」

三条神流、小岩剣が自分を食い破って、自分と言う存在を希薄にしてしまうかもしれないと恐れている事を話す。

「それは、時間の問題だろうな。サンボルに関してはー。」

霧降要、お手上げだ。

試運転のため、赤城山に向かう隊列。しかし、やはり、小岩剣の動きはディスタント・ムーンに筒抜け。途中から、今日は3台フル編成で合流してきた。

(バカめ。舐めてかかってると、何がどうなっても知らねえぞ。)

と、三条神流は思いながら、小岩剣に「やれ」と、アタック開始を指示。

「了解。」

小岩剣がアタックを開始。

赤城道路のヒルクライムだ。

(違う。僅かな馬力アップだが、こうも変わるのか。)

三条神流が追従しながら思う。

小岩剣はいきなりの高出力に驚き、戸惑っているのだが、最初の連続ヘアピン区間を過ぎると、もうクセを掴んでしまったらしい。

(凄い。これならば、玲愛さん達に負けないかも。)

と、小岩剣は思いながら、赤城道路を登っていく。

しかし、三条神流は小岩剣の考えている事と違う事に気付いた。

(風向きが南風?湿り気はあるか?)

と。

三条神流や赤城付近の走り屋が最も警戒する風向きだったのだ。

「アヤ。風向き。」

と、松田彩香に伝える。

松田彩香も気付いた。

(風速は1~2?大丈夫だとは思うけど。)

「もし、警告発生、あるいはその兆しが見え始めた場合、北面に逃げる?」

「そうだな。念のためな。」

「他のメンツどうする?」

「大丈夫だろう。」

「それより、後はどうする?」

「勝手に追従させとけ。」

小岩剣は構わずアタック。

そして、赤城道路での小岩剣の自己記録を大幅更新。そのまま、サンダーボルトラインに突入する。

しかし、時間が悪く、他の車に邪魔されてアタック失敗。

それでも、小岩剣は満足いく性能に肯いた。

「予定より馴らしが短い。でも、今日に設定した。」

と、小岩剣はサンダーボルトラインの木々の切れ間から見える関東平野を見下ろして言った。そして、展望台に停車する。

三条神流、松田彩香は止まれたが、ディスタント・ムーンは止まれず通過してしまった。

(好都合。あの人たちに、聞かれたくない。)

と、小岩剣は思いながら車を降り、展望台に登る。

松田彩香と三条神流も登ってきた。

「すみません。急にここへ停車してしまって。」

と、小岩剣は詫びる。

「あいつらに聞かれたくない事だろう?」

「ええ。」

「なんだ?」

「赤城道路で卒業試験予定です。秩父で世話になった教官がこちらに出向いてくれて、今日、卒業試験を行います。自分のテクニックを見て、合格サインを出したら、加賀美さんに胸を張って会いに行って、自分の思いを伝えたいと考えております。」

「赤城山の月に登るというわけか。ってことは、その時間、俺達は行かねえほうがいいな。邪魔になるだろう?」

「いえ、試験中の様子は、逆に見ていていただけると、ありがたいです。」

「そうか。俺たちは証人か。」

三条神流は展望台からの景色を見下ろす。

「今日ここに至るまで、どんな世界を見た?」

と聞く。

「どこまでも広い世界です。今日に至るまで、サーキットを走り、知らない峠を走り、鉄道バカだった自分の経験を活かしながら、あのS660と共に、世界を広げました。赤城山の月に登って、更に広い世界を見ます。」

東郷三人姉妹こと、ディスタント・ムーンを「赤城山の月」と言ったのは、小岩剣だ。

三人姉妹からすれば、死んだ両親と弟は赤城山の月から自分達を見ていると思っており、小岩剣が赤城山の月になると、小岩剣までも死人になると思っているので、それをあまり快く思っていないのだが。

「やって来い。そして、教えてほしい。赤城山の月から見た世界を。」

と、三条神流は背中を押した。

だが、その先にある物が、ブラックホールのような物だと言う事は、三条神流も松田彩香も知っていた。

三人姉妹と合流する形で走り始めた小岩剣のS660を見送った三条神流。

「月まで行っても、見える物は虚無の虚空。或いはブラックホールなんて言えないね。」

と、松田彩香は言う。

「俺が一番嫌うことだよ。憧れを抱いでいた存在を目指して走り続け、やっと追い付いたら、その存在は自分より下の第三者に横取りされていた。」

「でも、あれを見たら、中途半端な形で終わらせられ無いね。しかも、秩父から教官が出向くって。更に、つるぎ君の教官は来シーズンからスーパーGTにも出場する本物のレーシングドライバー。」

松田彩香が言うと、そこへ、件の加賀美咲から「今夜、赤城に行く」と言う連絡。

「クソかよ!」

と、三条神流は舌打ちした。


坂口拓洋は事前に、ホワイトレーシングプロジェクトの総監督にして、真穂、愛衣、知恵の三姉妹の父である坂口正孝に話しておいた通り出掛ける。

目的地は、群馬県の赤城山だ。

(今から出れば、17時半に着けるかな。よし。)

自分のS660が止まっているガレージに行くが、そこに、愛衣の姿もあった。

「出掛けるのか?」

「ああ。」

「何処に?」

愛衣はガレージのシャッターの柱に寄り掛かり、腕組みをし、目線を下に落として無愛想に言う。

「今朝、仕事前に誰かから電話があったでしょう?私と同じ部屋で寝てるから、気を使って、廊下で出てたけど、私、聞こえていたよ。」

「―。」

「浮気したらあんたを、三峯神社の境内で磔にして、焦らして嬲り倒した挙句、私と一緒に燃やす。そうなりたい?」

チキチキっとカッターナイフを出し、更に荷物縛り用の紐まで用意している。

だが、拓洋は動じない。

「赤城山へ行く。」

と、拓洋。

「赤城に?」

「あのS660。蒼いS660の試験のためにね。」

「試験?あの蒼いエスロクを「ディスタント・ムーン」に渡すための?」

「俺は、分かっていながら「ディスタント・ムーン」に行くあいつに教育を行った。後は、あいつの好きにすればいい。」

「本当の目的は?」

「自分の成長のためだ。」

「―。」

愛衣の目付きは鋭い。

本気を出す時や怒らせた時、愛衣の目付きは拓洋をも上回るほど鋭くなる。

「―。」

「―。」

睨み合いの末、愛衣はポケットからS2000GT1のキーを出した。

「行く。私も。赤城に。」

「いいぜ。そこではっきりさせたらいい。俺が、群馬に浮気したか、あいつが、群馬のスパイで俺が奴に、協力したのかどうかを。」

そう拓洋が言った時、「ふん。」と背後で誰かが言う。

「話は聞いた。」

「大山さん。」

大山神威。

元TOYOTA GAZOO RACING系列の「あさぎりレーサー」所属のプロレーサーで、スーパーGTでも活躍していたが、諸事情によりHONDAへ移籍し、ホワイトレーシングプロジェクトの活動をサポートしている。

TOYOTA時代はレクサスLC500を操っていたが、今は、NSXを複数台所有。内、1台はGTマシン仕様である。

「拓洋が目をかけていたあのガキの事で、赤城に行くのだろう?」

「ええ。」

「俺も付き合ってもいいか。」

拓洋は一瞬、愛衣の方を見た。

愛衣は「うん」と肯いた。

「いいですよ。」

「分かった。」

「車はどちらを使いますか?」

「NC1を使う。」

拓洋はその手に、ヘルメットとグローブを携えていた。

そして、それを見た愛衣もまた、「少し待て。」と言い、自分のヘルメットとグローブを持ってくる。

大山神威の物も、一緒に持って来て貰う。

「ふん。バカめ、見事に俺の策略にハマったなあいつも。」

と、拓洋。

「わざと挑発させて、着いて来させようとしたのか?」

と、大山神威が聞く。

「ええ。あいつなら、あの蒼いS660のドライバーの見極めにはちょうどいいだろうと思いましてね。」

拓洋は言いながら、大山神威に小岩剣がどんなドライバーかを説明する。

「1%の奴の見極めか。分かった。それなら、俺も試験官として同行することにしよう。しかし、お前も人を駒にするのはあまりよくないぞ。」


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