63 群馬の走り屋の勢力図
「ちょっと買い物に来た。」
と、恵令奈。本当は、小岩剣の監視に来たのだが、三条神流が一緒にいるので、こう言って誤魔化す。
最も、買い物もするのだが。
恵令奈は、草木ドライブインのブレスレットを購入しに来たのだ。
購入した後、小岩剣と三条神流が山を降りるので、それに随伴するように出発し、国道122号を進む。
恵令奈が大間々の町に入る手前、沼田大間々線に入る。三条神流はここで別れる。
小岩剣は恵令奈が何をさせるつもりか分かったので、戦闘態勢に入る。
「日奈子、玲愛。北面道路はクリア行ける?」
恵令奈は仕事を終えた日奈子と、別行動していた玲愛に連絡を取る。
「下はOK。」
「上もOK。変なアホはいない。」
「了解。」
沼田大間々線で赤城山の北面に入ると、そこで恵令奈が後方へ引き、小岩剣を前に行かせた。北面道路に入ると、後方に回った恵令奈が激しいパッシング。
アタックせよとの命令だ。
小岩剣、一旦停止の後、拓洋から習ったばかりのレーシングスタートをぶちかまして、北面道路へ飛び込む。
同時に、恵令奈が追従しながらタイム計測しつつ、映像で記録していく。
スタート地点であるゴロスの滝からの上りストレートで一気に加速し、その勢いで、S字の複合コーナーに突入する。
(この手の複合コーナーでは、いかに出口のスピードを伸ばすかでラインを考えていくのかが基本。さあ、どう走る?)
小岩剣は1つめを可能な限りアウトサイドから進入し、出口のアウトに行かず、出口付近でクリッピングを取ると、2つめもアウトから進入。出口重視でクリッピングを奥に撮ったラインで、出口のスピードを稼いで行った。
そこからは、ストレート区間に緩いコーナーが点在する。
こうしたコーナーの処理でも、ドリフトはせずグリップでクリアしていく。
(やけに最近、ゲームでドリフトがぁーって言うけど、ドリフトなんて所詮、ただのパフォーマンス。そんなの遅いだけ。速く走るドリフトもあるが、タイヤを傷める。路面も汚れる。うるさいだけ。実用的なのは、グリップよ。)
と、恵令奈は思う。
左コーナーが迫る。
恵令奈は一瞬、何が起きたか解らなかったが、すぐに冷静になると、小岩剣が何をしたのかを理解した。
(溝走りね。でも、まだ修正点があるかもね。)
鷹巣駐車場前の高速右コーナーを一気に駆け抜け、パドルシフトで変速した小岩剣だが、ギアを落としすぎたので修正。
(ちっ一気に変速したが、一瞬の一呼吸も大切か。)
と、小岩剣。
S字が迫る。
ここでは溝走りは使えない。
そして、僅かながらオーバースピード。
「ならっ。」
小岩剣は一瞬、サイドブレーキを引き、ドリフトへ持ち込む。だが、そのドリフトもまた、拓洋のそれとは僅かに違い、三条神流と松田彩香の手が加えられた特異な物であった。しかし、恵令奈は、
「いいわね。」
と言った。
ドリフトとグリップの中間で走っていたのだ。
(埼玉の拓洋と、群馬式走法が合わさった、ハイブリッド走法とでも言うべきかしらね。日奈子!)
バックミラーに写った日奈子の姿を見ながら、恵令奈は思う。
銚子の滝を通過。ここから、コーナーが増える。
S字に突入。
タイヤが鳴る。
限界までタイヤのグリップを活かして、コーナーを攻略。
ヒカリゴケ駐車場を通過。
何箇所かで、溝走りも使用して、一気に北面道路を駆け登り、五輪峠まで到達した時、恵令奈はタイム計測を終了。
(アヤのタイムとイーブン。カンナには0.5秒勝っている。)
と、恵令奈。
それは、予想外のタイムであった。
そのまま、鳥居峠で停車することもなく、サンダーボルトラインのダウンヒルに入る。
小岩剣のS660 ModuloXには、アクティブスポイラーが最初から搭載されている。しかも、後期モデルのため、ガーニーフラップ付きで、リアのダウンフォースは、ノーマルのS660よりも多く得られる。更に、リアバンパーもノーマルと異なり、整流性能に優れ、旋回フィールはノーマルのそれとは格段に上。
最初からこうした高性能パーツを組み込まれたModuloXもまた、小岩剣を短期間で成長させるのを手助けしたとも言えるのだが、そうした性能を遺憾なく発揮させるには、やはりドライバーの技量も必要である。
その点に関しては、N‐ONEで基礎的な部分が鍛えられていたということが幸いしたのだろう。
小岩剣のS660を先頭に、恵令奈が続く。その後を、日奈子と玲愛が走っている。小岩剣はそれに気付いていたが、何もせずにダウンヒルに入る。
鳥居峠から小沼までの上りを一気に登っていく。左ヘアピンに差し掛かると、ここで溝走りを行う。
(良いわね。でも、そのパターンだけ。最も、コネっ子の走り方やったら壊す可能性あるけど。)
と、恵令奈は思う。
小沼を通過し、細い区間に突入。
いくらディスタント・ムーンと言えど、サンダーボルトラインでは、本来のパワーを発揮できない。
赤城distant monグループの主力であるBRZと比べると軽量で小型ではあるものの、この道幅で本気で走るのはハイリスク。どんな車でも同じだ。
だが、例外はある。
ロータスより軽量で小型の車である軽スポーツカーであれば、ロータスよりも上回るコーナリングスピードで、細く、つづら折りのコーナーが続くサンダーボルトラインを攻略できる。それが出来る車に乗っている奴が、恵令奈の前にいる。
(確かに、サンボルはコースの特性から、タイム差は産まれにくいと言われるけど、嘘でしょう?)
恵令奈が歯を食いしばり始めた。
小岩剣は、サイドブレーキを使用して、独楽のように84コーナーをクリアしていく。
「パパパッ」と、パドルシフトで変速して立ち上がり加速。
(スーパーGTの動画見た。あそこで活躍する人達のような事はまだ出来ないけど、やれることはやる。)
と、小岩剣は思いながら、細かいコーナーをクリアし、81コーナーに突入。
ここも、サイドブレーキを使用して独楽のようにクリア。
恵令奈、後方でオーバースピード。アンダーステアを出してアウトへ膨らむ。
ライン重視で走る事に重点を置き、確実にクリアしていく恵令奈がこうなるのは珍しい事だ。
(まさか。気付かぬうちに、サンボル最速はワンコ君?)
と、恵令奈が思い始めた。
そして、展望台でその嫌な予感が的中した。
展望台までのタイムは、両毛連合のタイムや霧降艦隊、サンダーバーズの最速タイムを上回っていたのだ。
更に、恵令奈のタイムとほとんど変わりない。現、サンダーボルトライン最速の三条神流をも凌駕してしまいそうだ。
日奈子と玲愛に緊急通信でそれを伝える。
「嘘ではない。一部分のみではあるけど、サンボル最速は、私達ではない。カンナでも無い。ワンコ君よ。」
「それって―。」
日奈子が驚く。
「群馬の走り屋の勢力図に大きく影響する存在よ。」
と、日奈子。
「群馬の走り屋の勢力図が変わる。今は私達が最速と言われているけど、そのうち、赤城道路、北面道路の記録に迫られる。S660なら、赤城道路や北面道路は大丈夫でも―。」
「暮坂、秋名、対岸道路、旧碓氷あたりでの記録が塗り替えられる―。」
「ええ。そして、万一にもワンコ君がS660から、馬力のあるマシンに乗り換えた場合は―。」
日奈子と恵令奈の話を、玲愛は聞きながら、日奈子のテールエンドを見つめる。
「玲愛聞こえる?」
恵令奈が言う。
「ええ。私はどうすればいい?」
「ワンコ君の気持ちを尊重する。でも、もし射止め損なった場合は私たち全員で潰す覚悟ある?あの、ワンコ君を。」
「ええ。」
「なら結構よ。」
日奈子も会話に加わった。
「何が何でも、私達のチームの物にする。来シーズン加入ドライバーの右腕にワンコ君をね。」
そんな会話が交わされているとは知らず、そして、自分が、サンダーボルトライン最速と言う事も知らず、小岩剣は走り抜けた。




