4 ログハウス
表では、焚き火を起こしている二人組の女性がいた。
「あっ。」
と、おかっぱ頭の次女、東郷恵令奈が気付いた。
「おっワンコ君連れてこれたか!」
と、もう一方の背が高くて髪の長い長女の東郷日奈子が言ったのが聞こえた。
「N-ONEはここに止めて。」
と、末っ子の東郷玲愛は言う。
言われた通り、簡易コンクリートの駐車場、玲愛のロータス・エミーラの隣にN-ONEを停める。
だが、小岩剣は少し緊張気味。
というのも、やはり、ずっと一人暮らし状態だった学生時代、特に、夢も無くして淡々と生きていた大学時代の反動で、皆で楽しむレクリエーションのような物とは無縁だったので、どうすればいいのか解らないからだ。
まして、三条神流がいなければ、群馬で新たに人脈形成が出来ない状態で、僅かに一回だけ顔を見た東郷玲愛と、一応、話はしたことあるけど、ほとんど初対面の長女と次女が相手では、余計に萎縮してしまう。ところが、そんな状態を見た長女の日奈子は、酒を飲むと、
「緊張しないで、ぶぁーーーっと行けよ!」
と言いながら、小岩剣に絡む。
「日奈子。距離感気を付けて。後、夕飯前から飲むな。」
次女の恵令奈が溜め息混じりに言う。
「まぁまぁ良いじゃない。」
「嫌がってるよ。ワンコ君。」
と、二人が言う中、三女の玲愛は、
「まぁまぁ。まずは飲も。お酒は―。」
と聞く。
「ごめんなさい。お酒は飲めないのです。」
「あっ、そうなんだ―」
と、玲愛。
「何よぉ!まずは、お酒の度数を合わせていく。それが仕来りよ!」
と、日奈子。
「弱い者いじめしない。」
恵令奈が焚き火の灰を飛ばす。
「そうよ。それに、飲めない人を無理に飲ませると、罪になるよ。私は、ワンコ君に合わせるよ。炭酸なら飲める?」
「ええ。」
「じゃあ、コーラ一緒に飲も。それに、食材だって今日、ベイシアで安売りしていたの買ってきたから、じゃんじゃん食べよ。」
玲愛は小岩剣に合わせる。
それに、小岩剣も徐々に気を許していく。
「埼玉から来たんだよね?」
と、玲愛。
「ええ。」
「群馬には慣れた?」
これに、どう答えるか悩む。
仕事は一応上手くいってはいるが、車一筋らしき三人姉妹に仕事の話や鉄道の話をしても通じないだろう。
かと言って、下手に慣れたとか言って、そこから車の話になっても、小岩剣が対応出来る面は少ない。
ところが玲愛はそれを見抜いた。
「まだ、慣れてない?」
それに小岩剣は、
「慣れてないと言うよりー」と切り出す。
そして、「頂いた教科書を元に車の勉強をしているが、話について行けない。」と言う悩みを話す。
「うーん。」
玲愛も考える。
「個人の車のチューニング内容に関してはどうにも出来ないから、とにかく今は、群馬のいろいろな場所を走ってみたり、チューニングショップや他の車好きが集まるような場所に行ってみたりして、私見を拡げる事がいいと思うな。あの教科書はあくまでも基本的な知識だから、それを元に応用や発展に繋げて行くのよ。」
と、玲愛は言った後、
「私は、お姉ちゃんとして、ワンコ君を見ているから安心して。寂しいと思ったら、いつでもおいで。」
と言う。
「ありがとうございます。その際には是非お伺いさせていただきます。」
「ねっ。今夜は泊まっていきなよ。」
なるほど。
日が落ちた赤城南麓地区は真っ暗。更にこの季節は鹿などの野生動物も多い。鹿ソニックを装備してはいるが、下手に走って野生動物と衝突事故でも起こしたら走るどころの騒ぎでは無い。
そう考えた小岩剣。
「では、お言葉に甘えて、お世話になります。」
しかし、玲愛は小岩剣とは違う考えだ。
(かわいいワンコ君と一緒に過ごせる!)
と、ニヤニヤしながら風呂へ向かう。
「玲愛は、年下で低身長で童顔の男の子が好みなんだよ。ワンコ君はモロ玲愛のタイプよ。」
と、日奈子が言うけれど、小岩剣には好みの異性のタイプと言われてもピンと来ない。
「合法ショタとは、ワンコ君の事ね。」
などと恵令奈が言うが分からぬ。
少なくとも、ワンコ君と言う名前は恐らく、N-ONEからだろうとは分かったが。
「お風呂ワンコ君先に入って!あっ一緒に入る?」
玲愛が誘惑する。
「時間短縮のために一緒に入るなら、そのように誘えば良いのでは?」
と、バカ真面目に言うのだから、玲愛は余計に惹かれる。
性知識も無い年下で低身長で童顔の男となれば、玲愛の好みのタイプその物で、母性本能をくすぐられて発情してしまう。
しかし、それでも理性は保って襲い掛かることや、風呂場に乱入という無作法はしないでギリギリ抑える。
ログハウスには、赤城南麓地区に沸く温泉が引かれている。
元はペンションにするつもりだったらしく、風呂場も2人で入っても十分余裕がある大きさで、小岩剣は半露天風呂の湯船で身体を伸ばす。
(玲愛さんの好みって言われても分からない。ただ、玲愛さんは合わせてくれた。でも、玲愛さんや日奈子さん、恵令奈さんを当てにしすぎてはダメだ。とにかく今は、群馬のいろいろな場所を走ってみたり、チューニングショップや他の車好きが集まるような場所に行ってみたりだな。)
と、小岩剣は思いながら夜空を見上げる。
木々の隙間から星が見え、南天には月が昇っていた。半月と満月の合間の月だ。
「その前に、何を目指して走るかを見付けないとかな。少なくとも、あの月のように、夜空を照らす存在感を得られたら。まずはそれを目指そう。」
と呟いた。
風呂から出ると、日奈子が寝室を用意していた。
「元はペンションにする予定だったログハウスだから、部屋も布団もいっぱいあるよ。」
「なんなら住む?そしたら毎日、ワンコ君と一緒にいられて、お姉ちゃんは楽しいな。」
玲愛は笑って言う。
その後、群馬が舞台の車の漫画を実写化した映画を観ながら歓談する。
「ハチロク?松田さんの車とは違いますね。」
と、小岩剣。
「ハチロクの元はこのAE86 型カローラレビン/スプリンタートレノよ。この漫画に影響された奴の間でトレノの3ドアモデルが人気となり、それまで新車中古車問わず人気の中心はレビンであり、AE86といえばレビンのことを指すのが一般的だったのが、トレノを指すようになった。生産終了から30年以上経過した現在も、他の国産スポーツカーと同様に日本国内のみならず海外でも需要があるため、中古車価格は高騰し続けている上、みんなしてめちゃくちゃやるから、とち狂った価格の割に、あっちこっちボッロボロ。その後、2012年にAE86の血筋を受け継いで登場したのがTOYOTA86であり、それから更にマイナーチェンジを繰り返した最新モデルが、アヤのGR86ってわけ。ただ、TOYOTA86とは名ばかりに、中身はSUBARU BRZ なのよ。だから、まぁ今のハチロクは、BRZの腹違いの妹かなぁ?」
と、玲愛が解説。
小岩剣は「なるほど」と頷く。
「レース用エンジン?それを一般車に使うのは?」
「タブーって言われるけど、レース用でも排ガス規制をクリアでき、構造変更やら手続きやらを真っ当にとったものなら誰に文句を言われる事なく乗れる。あまり推奨しないけど。」
これには日奈子が答えた。
歓談しながら、小岩剣は学んだことをノートに書き付ける。
気がついたら0時近くなっていた。
「勉強熱心ね。」
と、寝室に入っても、学んだことを見直す小岩剣を見て、玲愛は言う。
「もう、誰かに置いていかれたく無いのです。」
顔立ちは整っていて同じクラスの女子にすら女の子と見間違えられた程の小岩剣の容姿は、玲愛を刺激して今にも襲い掛かりそうになるが、玲愛は必死になってそれを抑え、「無理しないでね。」と言い、玲愛は自分の寝室に向かう。
ある程度見直しが終わり、小岩剣もいい加減寝る事にした。
明日はどうなるのか。