50 サーキットトライアル
小岩剣の学科試験が終わって、昼休みになるのを見計らい、拓洋のNSXに続いて、恵令奈のロータスも筑波サーキットに戻ってきた。
小岩剣と合流し、コース2000の1コーナー下の狭い通路を、拓洋と恵令奈、小岩剣が歩いて抜けると、そこはパドックで、今日の走行会兼、サーキットトライアル選手権に出場する車がうじゃうじゃと止まっていた。
「本当に速い奴等はこっちに入れてもらえるんだな。んで、お前みたいな素人の奴は場外。」
という拓洋に、小岩剣は急行ニセコを思い出した。
函館本線を駆け抜けた急行ニセコは小樽―長万部間を小樽築港機関区のC62が重連で牽引したが、この区間で重連の前補機を勤めた機関車は戻りの函館発の下り列車の時間まで、長万部機関区で待機する。しかしその間、他の機関区の機関車であるため、機関区の屋根のある場所には入れてもらえず、冬場はその間に、温まっていた機関が冷えてしまって、下り列車は出発時間が近付くと、冷えた機関を温めなければならなかった。更に、急行ニセコに乗務するのは長万部機関区の機関士であり、小樽築港機関区の機関車を長万部機関区の機関士が操っていたのだが、下り列車の乗務の後、翌日の上り列車に乗務するため小樽築港機関区で宿泊する。しかし、小樽築港機関区では長万部機関区の乗務員の食事までは面倒をみてくれないので、その日の夕食と翌朝の朝食分の弁当を持参しなければならなかった。
「まるで急行ニセコのようだ」と、小岩剣はそれを拓洋に話す。
恵令奈は蒸気機関車という単語には耳を背けたが、拓洋は「お前バカかよ」と笑った。
「お前、あんなヘボい連中と、函館本線のC62を一緒にするな。C62と乗務員に失礼だよ。」
「いやあの、早く、こちらに入れてもらえるようになりたいって意味合いで―。」
「ほう。いい度胸だな。なら、トップチェッカー受けられたら、俺のチームに入れてもいいか、考えてやるよ。」
物理的に無理な話ではあるが、恵令奈はドライバーのレベルを見て5位以内には入賞できるだろうと思っていた。だが、拓洋は恵令奈と異なるシナリオを思い描いていた。
ドラサロで、3人揃ってカレーを食べる。
「茂木のカレー、甘すぎましたよ。」
「ガキも食うからだろう。そんなこと言ったら、富士のカレーなんか、りんごジュース喰ってるみたいに甘い。中島悟が喰ったら、料理長がフルボッコにされてあの世へGo toトラベルだ。俺だって、FSWのカレー喰った時は、「なんだこりゃ!りんごジュースか!?料理長出てこいゴルァ!」ってブチ切れたぜ。」
昼食後、小岩剣は時間の許す限り、筑波サーキットコース2000のコース図や走行動画を必死になって見ている。
昼休みが終わったが、曇りだった空から雨が降り出した。
小岩剣のS660がパドックに入ってきた。
ヘルメットとグローブ、その他、最低限の装備を身につけている小岩剣。
走行前に便所で小用を達し、車に戻る。
(俺は何も言わないぞ。相手がなんでもな。)
と、拓洋は思う。
小岩剣の枠で走るのは30台。
内、脅威だろうと思った車両を見る。
(R35GTRが2台。フェアレディZ32が1台。ポルシェが3台。アウディR8。こいつらだな。後、S660が他にも1台居るけど、ありゃゴミだ。トップキャリア積んだまま、サーキットを走るアホゥがどこにいる。)
拓洋は思う。
ピットレーンに入ってきた。
(いい度胸だな。一番前からスタートしようとは。)
拓洋は、この後、小岩剣はコースアウトで失格を喰らうだろうと思っていた。
ピットの屋上で見ていた拓洋は、そこから、1ヘアのスタンドへ移動する。
(おもしろそうだ。ここでグシャグシャになる様を見ていてやろう。骨は拾ってやるぜ。)
と思いながら。
拓洋は、小岩剣は1ヘアで突っ込んでバラバラになるのが関の山だと考えていた。
先導走行が終わり、走行開始。
雨の降り始めの路面のコースを、小岩剣が先頭を引っ張っている。
必死になって、後方から迫る、R35GTRから逃げるように、S字を抜けて、1ヘアに突入する。
「必死になって逃げてやがる。バカめ。逃げたって無駄だ。後の奴等のタイムが速かったら意味ねえんだよ。雑魚はさっさとケツに回ればいいものを。今に煽られて死ぬぜ。」
拓洋は「ケケケッ」と笑いながら言った。
「いいや。そんな事はない。」
隣にいる恵令奈が言った。
「俺は、バラバラに砕け散ると思っている。」
「なぜ?」
「俺がハチロクで相手した瞬間、パニックになって、でも無理矢理にでもついて行こうとしてやがった。そして、それを自覚してねえようだったから、かなりの圧を与えてやった。」
「なるほど。だから、このところ走り方が変わったのか。」
「えっ?」
「良い走りをし始めた。バカみたいに突っ込んでいかない。無理にでも付いていこうとしない。自分のペースを考え始めている。」
小岩剣は2ヘアまで先頭にいた。
だが、ここで後が詰まっているのをなんとかしようと考えていた。そして、2ヘアの立ち上がり時、R35GTRに進路を譲った。
R35GTRが、水しぶきを上げながら前に行く。続いて、フェアレディZ32も行く。
だが、後が続かない。
Zの後では、2ヘア付近で遅い奴等が団子になっていて、塊になっていたのだ。
おかげで、小岩剣は、クリアラップ状態での走行が行える状況にあった。
小岩剣のS660が水煙を上げながら、最終コーナーに突入する。
そして、メインストレートから1コーナーに突入すると、S字を、前を行くZのラインをなぞりながら直線的にクリア。
1ヘアでは、一気にABSを効かせながら突入し、クリップを過ぎたらアクセルを徐々に踏み、立ち上がりで一気にアクセルを踏み込んで行く。
(最後に見た、ラーマン山田って人の走り方。これで行く。筑波は、アクセル、ABS、アクセルでコーナーを抜けろ。)
小岩剣は思いながら、次の80Rに突入。
イン側のゼブラにタイヤをぶつけつつアウトへ孕み、2ヘアへ。
立ち上がりで一気に加速し、バックストレートを全開で駆け抜けると、そのままの勢いで最終コーナーに。
パドルシフトでギアを調整しエンジンブレーキを効かせつつ、アウト側のエスケープにタイヤをぶつけるように立ち上がって加速。
恵令奈がタイムを計測。
「良いタイムね。」
と、拓洋にタイムを見せる。タイムは78秒フラット。
「ただこの先―。」
拓洋は先行するR35GTRが、遅い集団に詰まって失速しているのを見た。
「あのババアのマーチ邪魔だな。恵令奈。RPGあったら「ドカン!」と一発。」
「あのよ。」
恵令奈が呆れ返ったが、拓洋が「ロケットランチャーでぶっ飛ばす」とか言うようになったのは、どこかのS2000GT1に乗っている奴の影響だろうと思ったので、あまりそれに反応しなかった。
先ほど、ぶち抜いていったR35GTRやフェアレディZが、遅いミニバン等に詰まって1ヘアを立ち上がっている。
(このペースだと、俺も80Rで追い付くな。でも、こういう場合は―。)
小岩剣は冷静に、自分のペースで走る。
2ヘアの飛び込みで小岩剣は、R35GTRのインサイドに小さな車体を活かしてS660を飛び込ませたが、リアがズルっと嫌な音を立てて滑った。
「コノッ!」と、カウンターステアを当てて、ドリフトのようになりながら、トップキャリアを積んだまま走っているバカなS660と、遅いマーチのババアを蹴散らして一気に、水煙を後続に喰らわせながら2ヘアを立ち上がる。
団子のような遅い塊に詰まって失速した、自分よりも圧倒底に格上の存在である、R35GTRやフェアレディZを一気に追い抜いた小岩剣のS660は、最終コーナーを抜けていく。
「ロケットランチャーなんか要らなかったな。」
と、拓洋。
「言ったでしょ?「良い走りをし始めた。バカみたいに突っ込んでいかない。無理にでも付いていこうとしない。自分のペースを考え始めている。」って。」
S660が、再び、拓洋と恵令奈の居る1ヘアに姿を見せると、ABS作動を知らせるハザードが点いたのを、恵令奈と拓洋は確認したが、小岩剣はコーナリング中、加速も減速もあまりしない。
立ち上がりでアクセルを開けたが、ブレーキングはコーナリング前に終わらせている。
(あれは、私の摸倣?)
と、恵令奈は思う。
「ドリフトとグリップの中間で走れと言った。その結果、行き着いたのがそれか。」
拓洋が言う。
最終コーナーで再び姿を見せる小岩剣のS660は、タイヤを鳴らしている。完全にタイヤのグリップ力を引き出しているのだ。
(思ったよりやるじゃねえか。)
と、拓洋。
チェッカーを受けた。数十分の休息の後、実技試験である。
拓洋と恵令奈は、パドックを歩いて小岩剣の元へ行くと、小岩剣は息切れもしていない。ただ、小用を達しに便所へ駆け込んでいた。
「バカめ。走行中に催さねえように、事前に行け。」
「緊張してんのよきっと。」
拓洋と恵令奈が話しているところに、小岩剣が戻ってきた。
「武闘派だらけで、怖いですが、なんとか―。」
「ふん。ビビってる割に、R35GTR煽ってんじゃねえ。それに、いい気になって要らねえ事考えたら、どっかんだぞ。」
「はい。分かっております。」
「常に冷静に。平常心で挑む。どんな状況でも平常心。そうでなければ、イザと言うときに、適切な行動を取れない。冷静さを欠いたら、終わるぞ。」
走行開始のアナウンスが流れて、小岩剣は車に乗る。が、運転席の窓が開いたままでピットレーンに入りかけたため、慌てて閉める。
(大丈夫かな。今の、減点対象か?)
と、一瞬不安になったが、コースインしてしまうと、そこからは走ることに専念する。
前にいるのは、電気自動車のNISSANノートEpowerだ。
電気自動車なんて、さっさと蹴散らしてくれると思った小岩剣だが、2周ほど走ってそれを止める。
当初、鈍足で邪魔で、さっさと蹴散らせると思った電気自動車だったのだが、コーナリング性能では劣るが加速度がS660よりも勝っていた上、走行ラインが事前に見たレーシングドライバー、ラーマン山田の走行ラインに酷似しており、容易に追い抜くことが出来ず、電気自動車のポテンシャルの高さに驚いて、
(電気自動車速い。これは、下手な事しないで、後ろについて引っ張ってもらったほうがいい。)
と、判断したからだ。
拓洋もそれに気付いた。
(無理に追い抜けないと判断したが、判断が遅い。1周で判断しろ。)
と、拓洋は評価したが、恵令奈は(観察に時間を使ったため、判断が遅くなった)と評価する。何れにしろ、判断の遅れ、判断ミスは命取りだ。
試験中、最終コーナーで黄旗が振られた。
「危ないっ!」と、小岩剣。遅いババアのマーチに追い付きかけたのだ。
小岩剣はそれを確認したが、その時、前にいたポルシェ911カレラGTSが何かをした事に気付いた。
「あれ?ポルシェ黄色旗無視したじゃん?」
と。
拓洋もそれを見ていたし、恵令奈もそれを見ていた。
ポルシェが追い抜いたのは、件の遅くて邪魔なババアのマーチだった。
ポルシェがマーチに追い付いた場所が最終コーナー進入手前であり、バックストレートを全開で駆け抜けて来たところにいきなり遅いマーチがいた上、黄旗が出ていたのだが、減速しようにも間に合わず、追い抜いてしまった。これについては、どうなるのかはまだ分らない。
拓洋は「旗が出ていたのは、ポルシェが2ヘアを立ち上がった時であり、ポルシェは旗を確認出来ていたにも関わらず、強引にオーバーテイクをしかけたため、黄旗を無視して追い抜いてしまった」と見た。恵令奈は「速度差がありすぎて、仕方ないのでは?」と見た。
実技試験終了。すると、皮肉なことに雨は止んだ。
終始、電気自動車の背後にいた小岩剣は何のトラブルも無く、実技試験を終えた。
件のポルシェについては、やはり拓洋の見方が通ったらしく、ペナルティーを喰らってしまい、結果、小岩剣の順位変動が起きて、繰り上げで5位チェッカーとなった。
そして、こんなユルユルな試験でも、やはり落第者は現れ、例の遅いマーチの場違いババアが落ちた。
ババアが「ギャンギャン」喚いているのを尻目に、小岩剣は拓洋へ正直に報告する。
「よくやった。だが、繰り上げではな。とりあえずは、また後日、秩父へ来い。」
とだけ言う拓洋は、
(秩父サーキットで、NSXで相手してみるか。)
思った。




