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ココロノツバサ - distant moon  作者: Kanra
第五章 筑波の月
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46 恵令奈とつるぎ

小岩剣、鳥居峠のバーベキューホールから、東の空を見ていた。地平線の彼方に小さく、筑波山が見えていた。

「車が良くても、ドラテクを磨いて行かなければ話にならない。俺、都内でタクシー運転手だったんだ。その時、高級外車とか派手なスポーツカーを乗り回して、助手席に女載せてるチャラ男をよく見たんだが、まぁ下手くそなクセしてイキり散らしてばかりだ。今のお前は、そんなチャラ男レベルだ。そこで、もう一つ、課題を与える。これは、筑波サーキットでやる課題になる。JAF国内Aライセンスを取ってこい!」

坂口拓洋の乗るAE86と、埼玉の白石峠を走った時、坂口拓洋は小岩剣にこんな課題を与えた。

そして追加で、併催される筑波サーキットトライアル選手権へ出場し、

「筑波サーキットトライアル選手権は5位以上が入賞圏内だが、最低でも5位で帰って来い!」

と言った。

理由として、

「筑波のAライ講習は超ユルユルだ。レーシングスクールなんて、殴る蹴る怒鳴るは当たり前の世界だと思っていたし、俺が行った所は実際そうだった。筑波のユルユルの底辺講習に付随するサーキットトライアル選手権なんて、そんなんだから、その辺の勘違いしたイキり屋やその辺のヤンキーでも出て来れる。が、そんなちんけな連中は、例えR35GTRだろうが、ポルシェだろうが、遅い。そんな連中になら、お前のS660でも勝てる。が、そいつらにすら勝てねえんなら、ディスタント・ムーンに追い付くなんて無理だね。」

と言った。

おかげで、小岩剣の財布は軽い。

筑波サーキットの事も、名前だけは僅かに知っているが、場所は知らないので、小岩剣にとって、またも、未知への旅になりそうだ。

「遠いなぁ。赤城山の月って。」

と、小岩剣は溜め息をついた。

東の空に、薄く、月が昇って来たのが見えたからだ。赤城山からも見える筑波山だが、ここから筑波山まではかなり遠いことは分かっている。

「どうしたんだ?」

と、バーベキューホールのオヤジに言われる。

「どうやら、また遠征しなければならくなりまして―。」

「どこにだ?」

小岩剣は筑波山を指して「あそこ」と言う。

「筑波か。また、遠い場所だなぁ。」

と言うオヤジに、水だけ御馳走になって、赤城山を降りる。

サンダーボルトラインから赤城山を降りて、からっ風街道を走り、国道50号沿いのAK50に向かう。

バリスタ姿の玲愛と、その横でグリーンの作業服を着て、客のポルシェ911カレラ2の洗車をしている日奈子が目に入った。

AK50には、あまり霧降艦隊こと、サンダーバーズの車は入らないし、両毛連合は絶対に近寄って来ない。

扱っている物が高級車やマニアックな車やクラシックカー、それからカートなので、特に両毛連合は門前払いを喰らう。

が、それよりも、小岩剣には、バリスタ姿の玲愛と、作業服を着てポルシェを洗車している日奈子の対比に笑ってしまう。

「エスロクの調子はどう?」

と、玲愛が聞く。

「万事良好です。」

「何か弄ったんだっけ?」

「えっと―。」

小岩剣は、拓洋から聞いた、このS660が既に施されているチューニング内容を思い出すが、マフラーカッターとECU程度で、それ以外は何もしていない。

それを言うと、洗車を終えて近寄ってきた日奈子が「ECUが弱いな」と言った。

「ECUとマフラーカッターだけって、いわゆるビンボーチューンって言われるやつよ。それも、中途半端にねぇ。出来れば、その二つだけでも変えたいねぇ。片方だけでもいいけど、その辺はお金かかるし―。」

と、言いながら玲愛は、小岩剣を店内に招き入れる。

「何飲む?」

「えっと、カプチーノで。」

と注文だけする。

恵令奈が奥でカプチーノを作るが、玲愛も何か作っていた。そして、

「これ、サービス」と言って、余り物の生地を掻き集めてパンケーキを1枚作ってくれた。

「えっと、幾らで―」

「だから、サービスだよ。」

恵令奈はなぜ、自発的に小岩剣がここへ来たのかを訊きたいがために、パンケーキをサービスしようとして、玲愛に作らせたらしい。

それを、小岩剣も分かった。

「筑波でAライを取ろうと思いまして―。」

と、自分から言う。

「それは、自発的?それとも、ホワイトレーシングプロジェクトの命令?」

恵令奈が問い詰める。

「あまり問い詰めないで。怯えちゃうよ。」と、玲愛が止めるがそれを尻目に小岩剣は、

「両方です。」と答え、白石峠で坂口拓洋の操るAE86に、ボコボコにされた話をし、筑波サーキットのAライセンス講習で何をしてこいと言われたかを話した。

「うーむ。」と、恵令奈。

「実際問題、ワンコ君の走りをしっかりと見ていないから何とも言えないけど、一つ言えることは、バカみたいに突っ込んでいかない。無理にでも付いていこうとしない。自分のペースを考えて走る事を意識する。バカみたいに体当りしても、良いことないよ。」

と、恵令奈が言った時、玲愛が咳き込む。

玲愛とバトルした際、小岩剣は過信して路肩に乗り上げていたからだ。

「明日は仕事?」

「ええ。」

玲愛に聞かれたので、そうだと答えた。

「閉店したら、からっ風を走ろう。」

「いいですよ。」

小岩剣は肯いた。

恵令奈を先頭に、小岩剣と玲愛がからっ風街道を駆け抜ける。

日奈子は残業して、レクサスLC500の作業をやるので、ディスタント・ムーンは1台少ない。だが、恵令奈が先頭の時は、日奈子が先頭の時と隊列の雰囲気が違うと小岩剣は思った。

日奈子が先頭の時は、全てを焼き付くし、邪魔者を食い破りながら駆け抜けるように感じたのだが、恵令奈の時は、鋭利な刃物であらゆる物を串刺しにし、切り裂いて突き進むように感じる。

なぜ、そう感じるのか解らない小岩剣は、無理についていこうともしないで、自分のペースで走りながら、恵令奈を観察する。速度は日奈子と比較すると若干遅く感じるのだが、走りのリズムは日奈子よりも良く、結果的に、日奈子より速いペースで走っている。

恵令奈は後部をチラリと確認する。

(無理に食い付いて来ない。様子見?出来ているなら良い。日奈子と私じゃ、ちょっと違うからね。多分、頭の中こんがらがってわけ解らなくなっているでしょうけど、そうなっているなら、私の狙い通り。)

恵令奈は生まれつき、空間把握力がずば抜けて高く、コースのどこを走れば最速ラインかを瞬時に見極めてしまう。

特に、走り慣れてしまえばその最速ラインを出せるギリギリのスピードで駆け抜けてしまうので、ホームコースの赤城山であれば日奈子をも凌ぐペースで走る事もある。

赤城山で最も険しい峠道であるサンダーボルトラインも例外ではない。

日奈子は空間把握力が恵令奈より劣るが、その分をテクニックでカバーしている。しかし、ドリフトはあまりしないで、グリップ走行がメインだ。

恵令奈と日奈子の違いは、恵令奈がライン重視の走り方に対し、日奈子がテクニック重視の走り方である。

では、玲愛はどうなのだろうか?

玲愛に至っては、そのどちらも使用可能な、ハイブリッドタイプである。

小岩剣は恵令奈の後を走っているうちに、自分と恵令奈の走る場所が少し違うと気付いた。その違和感に気付いたのだが、もう、ゴール地点。

小岩剣は違和感を、恵令奈に伝える。

「なるほど。」

と、恵令奈は肯いた。

「少し怖いと感じたため、自分は後方より観察しつつ、恵令奈さんに付いていくことに撤しました。」

と、小岩剣。

「それでいい。」

玲愛が言う。

「恵令奈の後は、私も日奈子も怖いし、日奈子は怖がって滅多に恵令奈の後を走らない。ワンコ君を誘ったのは、恵令奈の後を走って怖がるかを見たかったから。怖がって、それでも、自分のペースを保つ事が出来るのなら、筑波へ行って良いし、あの拓洋が与えたって課題も良い結果を残せると思う。」

「玲愛さんは、どちらでAライを取ったのですか?」

「鈴鹿のレーシングスクールでね。恵令奈も、日奈子も。筑波のレベルがどんなものか、どんな状況かは知っている。筑波は低レベルって言うけど、低レベルって事は、すげぇヘボも居る。その中で、自分のペースを守って走る事が重要よ。まっ、これは、お姉ちゃんとして私がワンコ君に与えた課題ってやつよ。」

(お姉ちゃんぶっているけど、俺、いつ、この人達と姉弟になったんだ?)と思った小岩剣だが、それを言うと面倒なことになると思ったので言わなかった。

「まっ、筑波のAライ頑張ってね。ところでだけど―」

恵令奈が言葉を詰まらせた。

「ワンコ君は、自分からAライ取ったと仮定して、Aライ取った後、どうするの?」

「えっ、どうするって―。」

「私達と一緒に、レースに参加出来るようになる。取るだけ取って、それでおしまいじゃ、もったいないよ。」

「―。」

小岩剣は何も言えなかった。

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