45 ライセンス取って来い!
「どうだ?」
と、小岩剣に聞く坂口拓洋。
「まるで、歯が立ちません。」
「今のお前はそんなもんだ。まだ、ロータスに噛み付くなんて無理な話だ。ちなみにだ、このAE86は、ロータスと馬力や車重はほとんど一緒なんだぜ?」
「―。」
「車が良くても、ドラテクを磨いて行かなければ話にならない。都内行くと、助手席に女載せてるチャラ男をよく見るんだが、まぁ下手くそなクセしてイキり散らしてばかりだ。今のお前は、そんなチャラ男レベルだ。そこで、もう一つ、課題を与える。」
「課題ですか?」
「ああ。これは、筑波サーキットでやる課題になる。JAF国内Aライセンスを取ってこい!」
小岩剣に課題を与えた拓洋の所に、配達帰りの坂口知恵がやって来た。
彼女の車はインテグラtype R DC5だ。
「そいつ、どこのどいつか知ってるの?」
と、知恵が言う。
「東郷三姉妹こと、赤城ディスタント・ムーンを追っているらしい。知恵ちゃんこそ、どこでそれを聞いた?」
「群馬ナンバーのS660でしょ?どこのチームかまでは知らないけど、他のチームから来たと言う事は分かるよ。私は最初、追い返した。軽ワゴンでイキり散らして死ぬだけだと思っていたからね。」
「確かに、今もその傾向はあるね。だが、ライセンスを取らせる。ああそうだ―。」
拓洋は思い出したように追加の課題を与える。
「筑波サーキットトライアル選手権は5位以上が入賞圏内だが、最低でも5位で帰って来い!」
それを聞いた知恵は、
「何言ってんの!?」
と驚いた。
「筑波のAライ講習は超ユルユルだ。レーシングスクールなんて、殴る蹴る怒鳴るは当たり前の世界だと思っていたし、俺や愛衣が行っていた鈴鹿は実際そうだった。筑波のユルユルのド底辺講習に付随するサーキットトライアル選手権なんて、そんなんだから、その辺の勘違いしたイキり屋やその辺のヤンキーでも出て来れる。が、そんなちんけな連中は、例えR35GTRだろうが、ポルシェだろうが、遅い。そんな連中になら、こいつのS660でも勝てる。が、そいつらにすら勝てねえんなら、ディスタント・ムーンに追い付くなんて無理だね。」
と、拓洋は言う。
小岩剣はそれを承諾し、群馬に帰る。
群馬に帰って早速行なうことは、指定された日程の、筑波サーキットのJAF国内Aライセンス講習に申し込む事だ。
難なく、申し込むと、近くの信金まで行って料金の払込。
料金を払い込むと、また、財布が軽くなってしまう。
(また、しばらくは、米とレトルト程度でなんとかしないとか。)
と、小岩剣は溜め息をつきながら、信金を出て空を見上げる。
「あーあ。速くなるって大変だなぁ。」
と、デカイ溜め息。
信金に、見覚えのあるスーパーカブがやって来た。
それは、元同級生の広瀬まりものスーパーカブ。
「久しぶり。」
と、広瀬。
「どういう風の吹き回しだ?」
「偶然。」
「ふーん。」
「書類を届けて、高崎に戻ったら、彼氏とデートよ。楽しみ。じゃっ。」
ルンルン気分で信金に入っていく広瀬を見送る小岩剣。
ポケットに手を突っ込んで、県道を渡り、倉賀野貨物ターミナルの入換線沿いの自宅アパートの階段を登っていくと、踏切が閉まり、入換作業中のHD300がアパート横で止まり、また、ヤードへ戻っていく。
踏切が開くと、広瀬のスーパーカブが高崎方面へ行くのが見えた。
アパートの駐車場に目をやると、間瀬峠を越えて秩父を往復してきた自分のS660の姿があった。
(あいつはカブでデート。こっちは、加賀美さんに追いつくために走り続ける。どっちが幸せなのか。)
と、小岩剣は思った。




