40 大切なこと
三条神流と松田彩香を見送った小岩剣。
大桐赤城神社の境内で赤城大沼の湖面を眺めていると、鳥居峠の方から特有の排気音が聞こえて来た。
まもなく、大桐赤城神社に小岩剣の待ち人がやって来た。
「久しぶりの赤城だが、変わらずだ。」
と、坂口拓洋は言う。
小岩剣は秩父から来た拓洋との赤城で訓練を行うのだ。
拓洋は小岩剣から、「赤城の走り屋はドリフトを好まない」と聞いた。
そのうえで、拓洋は「で、あるならば、ドリフトとグリップの中間って走りをするのが良い」と言った。
なので、その訓練を行うも上手く行かない小岩剣。
これはかなりの上級者テクニックでまるで解らず、また秩父での練習に持ち越しである。
次の休み、早速、小岩剣は群馬から秩父へ遥々やって来た。
「少し今日は、おっかない方に行こう。」
と、拓洋は言う。
何処かと聞くと、正丸峠の旧道だそうだ。
しかし、小岩剣のS660 Modulo Xと、拓洋のS660は正丸峠に向かおうとし、芦ケ久保で急に拓洋が道の駅に入り、小岩剣も続いて入る。
「何かトラブルですか?」
と、小岩剣。
「いや車のトラブルじゃねえ。道のトラブルだ。俺の前の前を走っていた車、変な走りしていたんだよ。更に、俺の前の車、いきなり後ろ向きにカメラを構えるような仕草をした。」
「どういう?」
「マスゴミだよ。あいつら、ワザと交通傷害になるような行動をして、それに痺れを切らした奴を「暴走族」って報道するために来たんだよ。地元民だろうがなりふり構わずね。いい迷惑だ。そんな連中のとばっちり喰いたくないんでね。場所を変えよう。って言っても、いつもの場所なんだけどね。」
と、拓洋は吐き捨てる。
「群馬とは、えらい違いですね。確かに、取締りやっているところもありますが、マスゴミや警察が意図的にそういう事を誘発させるのは無いですよ。」
「東京から近いから、おもしろ可笑しく報道する報道バラエティーを作りやすいんだよ。俺の相方、それにやられて山から堕ちたことあるんだ。」
「堕ちたって―。」
「三峰神社で、下品なことされて、怒り狂って三峰山に突撃したんだが、下品なことをされていた時に、車の一部が壊れてしまっていて、それが原因で谷底にね。落ちた場所が良かったから助かったんだが、間違いなく死んでいたような状況だった。」
「―。」
「小岩。お前、事故った事は?」
「無いです!」
胸を張って、ドヤ顔で言った小岩剣だが、拓洋はそれが気に食わない。
「おい。お前、一番大事なことが解ってねえなぁ。」
かなり怒気を強めて言う拓洋。
「一番大事な事って、えっと―。」
「今日はもう一度、場所を変えよう。秩父サーキットだ。」
「えっ、あっはい。」
秩父サーキットに移動する。
しかし、走るのはカートコースだった。
レンタルカートを使用するらしい。
カートの走らせ方は一応、分かってはいるのですぐに走り出す小岩剣。
拓洋はどういうわけか、後を走っていた。
(どういうつもりだろう?まあいいや。行け行け!)
と、小岩剣は一気に加速していく。
しかし、何か変だ。
ブレーキングポイントと思われるところで、ブレーキングしたのだが減速せず、滑ってそのままの勢いで、クラッシュパッドへ一直線。
止まることなど不可能。
そればかりか、全くスピードが落ちないまま、クラッシュパッドへ突き刺さって、小岩剣はカートから投げ出される。
「痛てて―。」
と、小岩剣はコース復帰。
だが、今度は何かがぶつかった。
何かと思えば拓洋のマシン。拓洋の目の前に飛び出す格好になってしまい、ぶつけられてしまったのだ。
メインストレートの先の1コーナーのグリップのインからつつかれる格好になり、アウトへ吹っ飛ばされ、外壁にヒット。
その後も、あっちこっちでスピンやクラッシュを発生させ、怖くなってきた。
そして、恐怖のあまり、3セット目でギブアップである。
小岩剣に拓洋は、
「なんだお前?口だけか。」
と言う。
「なんでお前、こうなったか分かるか?タイヤのグリップが無い、路面に滑りやすい何かがあるにも関わらず、あんなアタックしていたからだ。俺が追突した時も、お前は全く周りを見れていない。前しか見ていない。そんな無鉄砲な走りの奴は、必ず大事故を起こす。」
「―。」
小岩剣はそれよりも、最初、ノーブレーキ状態でクラッシュパッドへ体当りした時の恐怖に震えていた。
「少しは分かっただろう?一番大事なことが解ってねえってのが。」
「―。」
「事故に対する恐怖心。それが全く無い事だ。まして、お前は公道がメイン。公道である以上、走っているのはお前だけじゃない。お前のヘボな走り方で、周りが迷惑することだってある。確かに、10キロでノタノタ走る邪魔な爺や、割り込むクセして加速がトロくって後つまらせるバカなダンプのデブ野朗もいるが、一歩間違えればお前も、そういうヘボと同じ扱いをされる。事故は完全に防げるものではないが、お前の走り方次第では、事故を限りなく防げる事もある。何が重要なのか、それは、事故に対する恐怖心を持つ事と、周りをしっかり見るって事。そして、車と道を知るって事だ。」
少し落ち着きを取り戻した小岩剣。
もうどうやら、帰る時間のようだった。
「ご指導、ありがとうございました。」
と、小岩剣は一礼した。




