39 赤城の走り屋
そのままの流れで小岩剣は、三条神流と松田彩香と共に北面道路を往復で走り込む。
下りでさえも、ついて行けなかった以前をイメージしてか、最初の往復時、先頭の松田彩香はやはり気を使ってペースを落としていたのだが、小岩剣が三条神流にかなり接近していたため、「少し本気を出させろ」と三条神流が言い、予定には無かったが、もう1本、三条神流と小岩剣が追加で北面道路を往復する。
更に下りでは、小岩剣を先頭にして走らせることにした。
大洞赤城神社からスタートする。
大沼湖畔から赤城の峠を下るためには、山頂カルデラ壁を超えるため、どうしても最初のうちは短い区間だがヒルクライムとなる。
そのヒルクライム区間では、三条神流がかなりビタビタに接近して小岩剣は煽られる格好になった。
だが、北面道路が山頂カルデラ壁を越える五輪峠の頂点を通過した時、状況が変わった。
小岩剣のペースが上がり、三条神流との車間が開き始めたのだ。
最初のうちは、三条神流はほっといたのだが、徐々に開く度合いが大きくなると、「やべっ」と言って少しばかり本気になる。
三条神流には何が起きたか解らなかったが、ヒカリゴケ駐車場付近で気付いた。
小岩剣のS660がブレーキングで前方イン側に傾いた。
(フルブレーキングによる荷重移動。それに―。)
リアタイヤが滑ってもいた。
(ブレーキングドリフトだ。)
と、三条神流が気付いた。
しかし、三条神流等、赤城の走り屋のほとんどは最近、ドリフトを多用せず、むしろドリフトを嫌う傾向にある。
三条神流はタイヤ代が馬鹿にならなくなるのを恐れてドリフトを控え始めたのだが、ほとんどの場合は別な目的があって、ドリフトを嫌うのだ。
ヒルクライムも行う。
ここでは、やはり、パワーの大きなBRZが詰めてくるのだが、それでも、抜くのは無理と判断した三条神流は、後で見守る。
大洞赤城神社に戻ってきた。
「どうですか?」
と、三条神流に小岩剣が聞く。
「速いな。ただ、水を刺すようで悪いけど、ドリフトはなぁ。」
と、三条神流が苦虫を噛み潰したように言う。
「赤城山の走り屋は、ドリフトあまり好きじゃない。俺達は特にな。」
「えっあの―?」
「あれっまさか、無意識のうちにドリフトしていたのか?お前、ドリフトしていたんだぞ?」
「―。」
小岩剣にしてみれば、意味の解らない事だ。
自分が、気付かぬうちにドリフトをしていたというのだから。
「あまり、意識しなくてもいいことではあるけど」と、松田彩香が前置きした上で、
「この大洞赤城神社があるところは、昔、小鳥ヶ島って島だったんだ。台風で土石流が起きて陸続きになったんだよ。その他にも、大洞赤城神社は東武のホテル計画で小鳥ヶ島に移動させられたり、それに伴って小鳥ヶ島の木々が切られたり、保養地作ったけど潰れたりしてね。それでも、赤城山の自然環境はなんとか維持されている。そうした、自然を守るという上で、ドリフトの際に発生するタイヤスモークやタイヤカスは環境に悪い。それに、ドリフトの際の「ギャァーーーッ!」ってスキール音はかなりうるさい。なので、環境保護と騒音対策の観点から、ウチ等は最近、ドリフトを好まなくなったのよ。」
と、ドリフトを好まない理由を説明した。
「そうなのですか。って言うか、自分、ドリフトしているって自覚が無かったもので―。秩父のショップさんでエスロク買って、そのショップの人に教えてもらいながら、茂木で勉強して―。その、皆さんの足を引っ張りたくなくて。」
「速い人はテクが弱い人に合わせてあげる。それが、上手い走り屋よ。」
と、松田彩香は笑って言ったのだが、小岩剣はその「弱い人に合わせる」というのが余計に、自分が周りの足を引っ張ってしまうのではと思ってしまった。
「まっ、ドリフト禁止とは言わないけど、なるべくドリフトはしないようにって頭に入れておけよ。」
と、三条神流は言った上で、
「風呂行きたい。お前と日奈子にレイプされたせいで、身体洗いたい。」
と言う。
「じゃあ、上の湯行こ。つるぎ君は?」
本当ならば、小岩剣も一緒に行きたいところ。
だが、小岩剣は別の予定があって、赤城に上がって来たので誘いを断った。
「あらそう。」
と、松田彩香は意外に思う。
小岩剣に見送られ、三条神流と松田彩香は鳥居峠から三夜沢に降りて行く赤城山の中でも一番険しい峠道、「赤城サンダーボルトライン」を降りて行く。
サンダーボルトラインの中間、そこで気味の悪い姿をしたS660とすれ違った。
フロントはホンダツインカム。リアはバックヤードスペシャルのエアロパーツで武装したキメラのようなS660だった。




