表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ココロノツバサ - distant moon  作者: Kanra
第四章 月の出
40/78

38 赤城の一幕

三条神流の先輩乗務員が病欠したため、その代理として急遽、乗務シフトをずらした結果、1週間程度、三条神流と松田彩香が同じ日に仕事とならず、必然的に休みがずれてしまった。

更に、二人はその間、顔も合わせていない。

互いに寝ている時間に出勤したり、帰宅したりするので、その都度、起こすのは悪いと気を使っていたためだ。

それも、今日のこの勤務が終われば、また元に戻る。

終電後、前橋駅前から桐生まで行く旅客を乗せる。前橋から桐生までは26km。おまけに青タン時間なので、万収確実だ。

無事に、その旅客を桐生まで送った後、星を見ながら会社へ帰る。

今日は、洗車を洗車屋に頼み、納金する。

当直は珍しく、三条神流の直属上司である内山主任だった。

「急なシフト変更で悪かったな。」

と、内山主任。

「いえ。また、何かあったら言ってください。」

「松田さんとは、入籍しないのか?」

「―。」

急に黙り込んだ。

「過去のこと、いつまでも引き摺っていたって、仕方ないだろう?」

内山主任もまた、三条神流の過去を知っている。

「まっ、これは俺があまり口出しすることではないがな。」

「自分も、過去を振り切ろうと努力はしてます。おかげさまで、赤城山検定も合格して、観光タクシーも出来るようになりました。でもまだ、松田さんと同レベルに達していないと思うのです。自分が、カムリに乗れるようになったら、入籍も視野に考えるつもりです。」

お疲れ様でしたと挨拶し、三条神流は一人、赤城山へ向けZD8型BRZを発進させる。

赤城神社一の鳥居を通過し、赤城白川に沿って走る。横目に鍋割山を見る。今日は明け方に細い月が登ってくるので、夜空は星で埋め尽くされており、遠くの町灯りに照らされた鍋割山のシルエットと星空が見えるはずだ。

だが、見え方に異変を感じた。

確かに、鍋割山のシルエットは見えるのだが、星が見えない。

姫百合駐車場を通過し、ヤドリギが寄生するミズナラの林の中の峠を登っていくのだが、そこに入っても、星が見えない。

地獄谷温泉跡付近で理由が分かった。

赤城山周辺が雲に覆われ、地獄谷付近の、赤城大沼用水トンネル出口での視界は10m以下。

(まさか―。)

明るい時間に、自ら赤城山の雲に突入しても何も起こらなかったが、それを知らず、明るい時間、赤城山の雲に突入してしまった結果、大変なことになった奴が、三条神流の近くにいた。夜の赤城山はこの状況になっていると気付きにくい。

三条神流は、攻め込んで走っていたが、赤城大沼用水トンネル出口付近から頂上の白樺牧場付近までの区間で、速度を少し落とした。

赤城道路の赤城大沼用水トンネル出口から白樺牧場付近までは、超低速セクションで、一気に新坂平の山頂カルデラ壁を駆け登る。

ここまでの勢いそのままに駆け抜けて、山頂カルデラ壁を乗り越えるのが三条神流の定番であるのだが、視界不良の状況に加え、別の不安が三条神流を支配した。

そして、白樺牧場に達した時、視界が開け、夜空は宝石を散りばめたような星空に変わった。

(やはりか。赤城の警告―。)

普段、「赤城の警告」と言う、赤城山に霧がかかると赤城山の神々のいたずらで、異界に飛ばされてしまう都市伝説やオカルトのような話を信じることはない三条神流だが、夜間、この状態になっている赤城山に突入した事はなく、また、知らぬ内に突入してしまっていた事が、(何も起こらないだろう)と言う思いを上回る不安な思いにつながっていた。だが、今、山を降りたところでまた、雲の中に突入することになる。北面道路に回れば、雲は避けられるが、北面へ降りたところで、仮眠出来る場所は、ヒカリゴケ駐車場の外に無い上、電波が通じないので、松田彩香と通信が出来ない。

沼田方面のラブホに行こうにも、一人では泊めさせてくれないだろう。

(仕方ない。)

と、三条神流は公衆便所で小用を達してから、鳥居峠駐車場で車中泊することにしたのだが、

「ちっ!やはり帰れってことだったのか。」

と、舌打ちした。


小岩剣は、赤城道路を走る。

白樺牧場を通過し、白樺純林地帯を抜け、大沼湖畔を走って鳥居峠から黒保根の方へ行こうと思った小岩剣は、鳥居峠駐車場に三条神流と松田彩香の車。それに、日奈子の車もいるのに気付いた。

(あれ?)

と、思いながら小岩剣はS660を降りる。

車内を見たが姿がない。

(何か事故かトラブルか?)

と、小岩剣は周囲を探す。

バーベキューホールの裏手、かつての赤城山鋼索鉄道の廃線跡の方へ行く。

「あっ!」

廃線跡を300m程下っていくと、そこから御神水が湧いていて、これを汲みに来る者もいるのだが、その、廃線跡に三条神流に松田彩香が覆い被さるように倒れていた。

近くには、日奈子も倒れている。

ケーブルカーの線路横の階段から、線路跡に飛び降りて駆け寄る。

「大丈夫ですか!?」

「うっ―。」

三条神流が起き上がろうとしたが、松田彩香の身体がそれを許さないように覆い被さっていた。腕が絡んで、三条神流は腕を自由に動かせず、足もがっちり、松田彩香の足が絡んで動かせない。両方一緒に持ち上げる力は無い。

小岩剣は、線路跡の石を拾うと岩に向かって投げる。

投げた石は、山頂カルデラ壁の溶岩に当たって「かぁーーん!」と言う音を立てた。更に、落石発生を知らせるため「ラァーク!」と叫ぶ。

「なんだどうした!?」

朝練で上がってきたADMの筒石と猫股。更にサンダーバーズの霧降が駆けつける。

「三条さんと松田さん、ロータスの日奈子さんが滑落事故のようです!三条さんは意識があるようですが、松田さんの身体が絡まって動かせません!」

「分かった。救急車と警察を手配した方がいいか?」

「一応、救急に―。」

と、小岩剣が言った時、三条神流が、

「いい。警察とか救急は大丈夫。滑落事故ではない。」

と、力なく言った。

「でも―。」

「いいんだ。呼んだら余計に面倒なことになる。とにかく、上に上げてくれればいい。」

「―。分かりました。」

ボロボロになっている三条神流の姿から、何かあったのは明白。だが、小岩剣は言われた通り、上にいる筒石と猫股、霧降に「呼ばなくて大丈夫ですが、上に上げるの手伝ってください」と伝える。

筒石と猫股、霧降も現場に下りてきた。

「よし。まず、アヤの足を外すぞ。」

と、霧降が言い、小岩剣と霧降が松田彩香の足を三条神流から外す。

続いて、腕を外すが、三条神流の身体の下に潜り込んでいる。

「ひっくり返そう。筒石。猫股。落ちねえように、上から支えて。よし、行くぞ、1、2の、3。」

転がした時、日奈子と松田彩香も目を覚ました。

「おはよう。カンナ。」

と、せっかく外れかかっていた腕を、また絡めようとする松田彩香に、

「おい!ここはラブホじゃねえ!どこだと思ってんだ!」

と、筒石が怒鳴り付けた。

それで、松田彩香も気付いたらしく、起き上がる。

その時、日奈子の手に何かが握られているのに気付いた小岩剣。

「それはなんですか?」

「この二人の婚姻届のような物よ。」

「えっ?」

「一晩かけて、この堅物野郎を調教していたの。その結果、ここにね。ゴメンね。迷惑かけて。」

と、日奈子が詫びる。

「事故じゃねえなら良かったけどさぁ、周りに迷惑かけんな!気付いたの、俺達でなきゃマジで消防だ警察だ自衛隊だって大騒動になったぞ。」

猫股が舌打ちしながら言った。

「調教って―。」

と、日奈子に小岩剣が聞く。

「なかなか婚姻届にサインしないから、無理矢理にでもサインさせたのよ。アヤはもうその気なのに。」

「あまり、罪な事しないほうがいいですよ。」

廃線跡を登って、鳥居峠駐車場に戻る際、霧降要他、BRZ軍団は小岩剣の姿はあるのに、N-ONEの姿が無かったので「車は?」と聞いた。

小岩剣は自分の車を指す。

「ー!?」

「アレはー。」

「間違い無い。あのS660はー。」

霧降要、三条神流両者共に、その車に見覚えがあった。

三条神流を拒絶し、秩父のホワイトレーシングプロジェクトが持って行き、呪いの車だとまで言われかけていた車その物だった。

「どうも、オーナーに恵まれなかったようで-。」

小岩剣はこの車のオーナーの話をする。

三条神流と霧降要、真相は語らなかった。

ただ、

「茂木に来ていたのは、慣れるためだったのか。」

と、三条神流は言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ