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ココロノツバサ - distant moon  作者: Kanra
第四章 月の出
36/78

34 北ショートコース

昼食時、小岩剣はかなりの空腹感を覚えていた。

僅かな朝食しか取らず、ハードなプログラムをこなしてきたため、かなりのエネルギーを消費したらしい。

ボロっちい、いすゞキュービックで昼食会場に移動する。

昼食会場は、サーキットの食堂だった。

国際ロードコースのパドックの食堂に行き、小岩剣は大盛りのカツカレーを食べる。

普段は少食の小岩剣が、昼飯を大量に掻き込む事は滅多に無い。

それに気付いた小岩剣は、いかに、大量のエネルギーを消費したかを実感した。

(松田さんが体型の割に大食いなのは、こういうことか。)

と思う。

「ありゃ?」

と、声をかけられる。

見ると、そこには三条神流と松田彩香。それから加賀美の姿。

「あっ。」

「見に来たん?」

松田彩香が言う。

「いや、えっと、学校に。」

「ああ。私達はレース。カンナと私はGR86/BRZ Cupで、咲はN-ONEオーナーズカップ。今年は短い間隔で、しかも2戦連続で茂木よ。」

「そう、でしたか。」

小岩剣はカレーを掻き込む。

「学校の関係か?早く食うのはいいが、一気に食うな。北ショートか南ショートか知らないが、走る時に腹壊す。」

と、三条神流。

三条神流は唐揚げ定食を食べている。

松田彩香は大盛りカツカレーとラーメン。

加賀美はラーメン単品。

三条神流と松田彩香の隣で、加賀美は項垂れている。

「予選落ちした。」

と、加賀美は肩を落とす。

「予選落ち?」

「最近、出場台数が増えてね。でも、サーキットごとにスターティンググリッドの数は限られている故に、予選の段階で決勝に出られない車を篩にかけてしまうことも多いのよ。私は、遅いのに引っかかって、1つ順位足りず。もう、潮時かな。」

加賀美は自信ない様子。

これから北ショートコースを走るのに、そんな様子を見せられては、自分も不安になる。

「潮時なんてないでしょう。自分は、走ります。自分は、憧れの加賀美さんに追い付きたいから。」

「少し黙れ。ウザい。」

加賀美、かなり冷たい。

もはや八つ当たりにも見える態度を見かねた三条神流に「おい、いい加減にしろ!」と、怒鳴られた。

昼食休憩後、アクティブセーフティートレーニングパークの隣にある、北ショートコースへ移動し、ここでサーキット走行だ。

全長約1キロのコースは、秩父サーキットと同じ長さであるのだが、こちらはかなりテクニカルなコースレイアウトだ。

コース確認の後、メインストレートと第1、第2コーナーを使用してJターンの復習とタイム計測を行って、グループ分けを行う。

見ると、何台かいなくなっている車がいることに気付いた。

どうやら、厳しさのあまり、逃げ出したらしい。

その、逃げ出した奴等は、午前中で疲労困憊してしまったか、心が折れてしまったらしい。

そして、逃げ出した奴等のほとんどは、小岩剣と同様、インストラクターから同乗指導を受けた奴だった。

(けっそれじゃあ、せっかく教えたインストラクターも良い気しねえだろう。)

と、小岩剣は思う。

小岩剣は逃げ出すつもりはない。

「歩き続ける。逃げ出してどうする?俺は、玲愛さん達三姉妹や、三条さん、松田さんに、そして、憧れの加賀美さんに追い付きたい。だから、拓洋さんの指導を受け、ここに来たんだ。逃げたところで、待っているのは、惨めな敗北だけ。何の為に、S660のハイグレードモデルを買ったんだ。」

と言いながら、小岩剣、コースイン。

しかし、またも、Jターンと同様、突っ込みすぎる。

「大分良くなっています!もう一息です!」

と、インストラクター。

もう1度。

だが、走り出した時、

「止まって!止まって!!」

と、インストラクターが赤旗。

何かと思うと、一台前のシビックタイプR FD2がスピンしていた。

「おわ危ない。」

肝を冷やした小岩剣は、もう一度仕切り直し。

「よくなっている」とは言われたが、今一つ、実感がない。

そして、いよいよ、コース全体を使った走行である。

小岩剣は遅い方のグループになってしまった。

だが、速いグループには、見るからに速い車がいた。

それらの走りを見た後、小岩剣が走り出す。

ヘルメットの中で、「ぜぇはぁぜぇはぁ」言いながら、必死になって走る。

走行を終えて、タイムを見ると、遅いグループの中のトップにいた。

しかも、速い方のグループの遅い人に、肉薄している。

その、肉薄している車は、BMWだった。

(拓洋さんなら、「BMWに肉薄してんなら抜け!」って言うだろうな。なら、抜く!)

と、小岩剣の中で、BMWに対する対抗心が生まれた。

(えーっと―。)

と思いながら、BMWを覗くと、それはサンダーバーズの望月光男の車と同じ、Z4だった。

(あれに肉薄しているって事は、望月さんに追いつき始めているって事か。)

望月光男は、サンダーバーズの主要メンバーの一人で、三条神流、霧降要に次いで速いと言われるメンバーである。

仮に、今、BMWのタイムを小岩剣が上回れば、それは、望月を追い越せるということになると考えた小岩剣は、その、BMWの走り方をじっくり観察し、タイムを見る。そして、小岩剣の走る番になった。

小岩剣は必死になって追い付こうとするが、これが、いけないくせを出した。

バックストレートの先の3コーナーでアンダーステアを出したのだ。

原因は他ならない。

良いタイムを出そうとして突っ込みすぎ、ブレーキが遅れたのだ。

更に、1コーナーでも、意図せず、ブレーキングドリフトになってしまった。

おかげで、タイムが大幅に落ちた。

残る走行時間は1回だけ。

「追いつこうとしたり、もっと早くって思うあまり、そうした、突っ込みすぎの傾向になってしまうのだよ。心を研ぎ澄まし、落ち着いて、冷静に、リラックスして走るんだよ。」

と、インストラクターから最後の指導を受けた。

なので、小岩剣は今回、敢えて、BMW Z4の走りとタイムを確認せず、水を飲んで休息していた。

そして、最後の走行時間。

小岩剣、コースイン。

蒼いS660が、西陽を照り返し、北ショートコースを一気に駆け抜ける。

そして、走行時間終了。

「良い走りになっていたよ。」

と、インストラクターが言う。

タイムを確認すると、BMW Z4に0.1秒だが勝っていた。

小岩剣は見えないように、ガッツポーズした。

心の中では大喜びだったのだが、それを表に出せば、相手に対して失礼に当たると思ったからである。

(何れにせよ、望月さんより速く走れる可能性がある事が分かった。ならば、後は、腕を磨いて、磨いて、磨きまくる。)

と、小岩剣は加賀美の姿を思い浮かべながら思った。

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