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ココロノツバサ - distant moon  作者: Kanra
第二章 月明かりに照らされて
23/78

21 三姉妹の秘密

AK50で今日は、アイスティーを飲む。

閉店間際の時間帯にやって来るので、迷惑ではないかと思ったのだが、逆に、自分が来るかもしれないからと頑張れると言われて、小岩剣は「ってことは、毎日のように来いってのかよ」とも思ってしまった。

「あの、今夜、赤城山に登れない?」

と、玲愛にしては珍しく、モゴモゴしながら言った。

「明日仕事なので、今日は無理です。」

小岩剣はキッパリ言う。

明日もまた、臨時施行が入っている。

JR東日本が投入した新型のレール輸送車等で、それまで走っていた長物車チキによるレール輸送、いわゆる「ロンチキ」の運用が縮小されたことに伴い、チキの去就が進み、JR貨物や地方鉄道に譲渡される車両や海外輸出される車両が出てきたのだが、そうした車両が一度、倉賀野貨物ターミナルに集められることになっていた。

(なぜ倉賀野なのだ?尾久車両センターや川崎貨物駅か、東京貨物ターミナルの方がいいのでは?)

と、小岩剣は思ったのだが、新潟地区や東北地方の日本海側や青森辺りにいた長物車を首都圏へ回送するとなると、東北本線の第三セクター化区間を通過する際に線路使用料を支払う必要がある他、奥羽本線等は山形新幹線や秋田新幹線の併用区間のため線路幅が違う。その他の線も線路規格の低いローカル線であることから、日本海縦貫線経由で回送する必要があり、その場合、新潟から上越線経由で高崎を通過する。そうなると、新潟地区や東北地方の日本海側や青森辺りにいた長物車を一箇所に集めやすい場所は、倉賀野と言うことになるのだ。

「あっそう、なんだ。」

さっきまで物凄く不機嫌だった玲愛だが、赤城山へ誘う時から急にモゴモゴし始めた。

(喜怒哀楽激しい奴だ。)

と、小岩剣。

そこに、倉賀野貨物ターミナルから連絡が入る。

「小岩。急な勤務変更で悪いが、明日の勤務は8時から8時ではなく、9時半から9時までだ。」

「理由は何ですか?」

「件の、チキ回送のダイヤが乱れてね。それに伴う他列車の振り返ダイヤでの運行が必要になった。そのためだ。」

「分かりました。」

「状況に応じて、また変わるかもしれん。明日は残業ってことにはならんとは思うが。」

電話を切る。

そして、派手に溜め息を吐くと、日奈子が凝視していた。

「―。すぐに出られるのなら、今すぐ、赤城に行ってもいいですが―。」

小岩剣は時計と、交通情報を見ながら言う。

「だって。玲愛。後はやっとくから、早引けしたら?」

と、恵令奈。

「あーれぇ?玲愛熱あるよ!こりゃぁ大変だぁ。早退しないとだぁ。」

と、日奈子。

店主の方も「仕方ねぇ」と苦笑いしながら言った。

玲愛はすぐに着替えると、ロータスに飛び乗った。

そして、赤城サンダーボルトラインから、赤城山を登っていく。

小岩剣は、サンダーボルトライン手前で、後ろを走る玲愛に進路を譲る。

(先行してヤンチャしてもいいかもしれないけど、さっきのS660のような事言われるのがオチかもしれない。)

と思ったからだ。

サンダーボルトラインの狭い峠道を、まるでウサギが跳ねるように登っていく玲愛のロータス・エミーラの後ろ姿を、小岩剣は必死になって追うが、勾配がきつくなってくると、馬力が足りないのか、エンジン音ばかりうるさい割に、まるでペースが上がらず、ロータスの姿が小さくなる。

(これじゃ、C62の2号機だ。人気だったけど、現場の人は嫌っていた。理由は、「やけに燻る(煙が出る)クセしてパワーが無い」から。こいつも、やけにうるせえクセして、パワーが無い。)

と、小岩剣は舌打ちした。

つづら折りのヘアピンを抜けた時には、ロータスの姿は豆粒のようになってしまった。

横目で、眼下には町灯りが灯り始めた関東平野が見える。

サンダーボルトラインの終点で、玲愛に待っていてもらう格好になった小岩剣は、またも「情けない」と溜め息。

どこへ行くのかとついて行くと、赤城神社啄木鳥橋の駐車場。

以前は、啄木鳥橋から大道赤城神社に入れたのだが、老朽化のため、現在は大きく湖を迂回して境内に入る必要がある。

「アホなベンツ乗りに、お店でしつこく絡まれてね。風車で憂さ晴らししてたら、そいつと出会して、私のロータスのタイヤ蹴りやがったから、恵令奈とボッコボコにしようとしたけど、自滅したよ。品のないベンツ嫌い。」

と、玲愛は言った。

(分かるけど、みんながみんな悪じゃないだろ。)

と、小岩剣は思う。

三条神流だったら玲愛のように考えるだろう。

三条神流と小岩剣の差は、この時点でもかなり開いているのだがまだ互いに気付いていない。

「私ね、妹がいたんだよ。」

「―?」

「私のお母さんは、ロシア人だった。」

(だった?)

「妹を産んで、病院を退院したその日、私も一緒だった。」

(だから?)

「でもね、その日死んじゃったの。バカなタクシー運転手に、踏切に突っ込まれた挙句、蒸気機関車に跳ねられてね。車は真っ二つ。お父さんとお母さんと妹のいた、タクシーの後部は、蒸気機関車に引きちぎられた上、乗り上げられて、潰されてね。」

ここまで来て、玲愛が何を話しているのか分かった。

自分が覗き見てしまった、両毛線の事故の事だろう。

「私は、年下の子を見ると、男の子でも女の子でも、なりふり構わず襲ってしまっていた。妹の姿を思い浮かべてしまってね。「ああ、妹は生きていたら今―」って考えてしまって。それで、襲って、補導されて、虚しくなって、一人泣いて。郡大病院の精神科で「PTSDだ」って言われ、今も―。」

と、今も服用している薬を見せる。

「どこまで感付いたのですか?」

と、小岩剣。

「俺は、その事故のことはこの前知りました。俺が鉄道従事者だから、逆恨みで、責任とれと?」

玲愛は首を降る。

「三人姉妹、ディスタント・ムーンの秘密、いつかは話さないといけないから、話した。それだけ。」

「ふーん。」

「ワンコ君の過去は知っている。結婚を約束した相手がいた。寝台列車で結ばれていたけど、ワンコ君が記憶を無くしてしまい、なんとか取り戻して再会したら、その人は別の人と結ばれていて、更に、寝台列車も無くなり、何処へ向かえばと彷徨って、群馬にやって来た。」

(その通りだ。)と、小岩剣は思うが「だからどうした」と言う話になってくる。

その時、空を見上げると、西の空に三日月が見えた。

「年下の子を見ると、なりふり構わず襲ってしまっても、虚しくなる。そんなある時、ふと月を見上げたら、妹の姿、お父さんの姿、お母さんの姿を思い出した。そして私は、免許を取って、両親が遺したロータスで走り始めた。あの遠い月から、ロータスで走り始めた私を、お父さん、お母さん、そして、私の妹の「美輝ミラ」が見ていてくれる。そう思いながらね。」

「あっだから、チーム名が「ディスタント・ムーン」ってことなのですね?」

玲愛はそれに対して、首を横に振って「名付け親はカンナとアヤ」と否定した。その上で、

「私の前に現れたワンコ君も、その一人。」

と言う。

「月が輝くには、太陽も必要。赤城山は地球。私は月。そして、ワンコ君は太陽。分らない?」

「何を?」

「私の弟になって欲しい。正式に。私は、ワンコ君に惚れた。」

小岩剣は一瞬動揺したが、

「俺、帰ります。」

と言って、その場を立ち去ってしまった。

そのために、玲愛はこの時、小岩剣のもう一つの事を話せなかった。

玲愛と小岩剣は、実は過去に2回会っていたこと。そして、それが小岩剣が記憶を無くした重大な事件に繋がっていて、玲愛は小岩剣に惚れ込み、歪んだ愛情表現に繋がっている事も。


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