15 草津に行ってきます
三条神流と別れた後も、小岩剣は赤城サンダーボルトラインを走る。
今日は晴れ。
なので、雲海は見えないが、その分、下方の町並みが見える。
2往復程走って、山を降りる。
そして、ログハウスに向かうため、からっ風街道を走っていると、後ろから、ロータスが3台、隊列を組んで迫ってきた。
適当な場所で進路を譲って先に行かせ、ハイペースで走るロータスに食いつく。
最後部の玲愛の車になんとか食いつくも、やはり徐々に離れていってしまう。
そして、遠心力でひっくり返りそうにならないよう、ブレーキをコーナーの奥で踏んでみたが、曲がり切らず、路肩に乗り上げそうになってしまった。
ログハウスに着く。
「アンダーステアだよ。さっきのは。」
と、玲愛が言う。
(アンダー?何かの下?)
小岩剣が首を傾げると、
「アンダーステアってのは、カーブで車が外へ膨らむこと。車が曲がる時って、必ず遠心力がかかるっしょ?だから、どうしてもアンダーってのが出てしまうのだけど、それが、前のタイヤのグリップ力。まあ、タイヤの踏ん張る力だね。それを超えてしまって、ハンドルをいっくら切っても曲がらない状態の事だよ。」
と、恵令奈が解説。
「N‐ONEはFFだから、余計にアンダーステアになり易い。エンジンが前にあるのはFRや四駆と同じだけど、特にFFは頑固なアンダーが出るからね。FFなら、左足ブレーキってのも良いよ。アクセル踏みっぱで、暇しいている左足でブレーキをターンと踏む。すると、エンジンの回転数は落ちずに、車の荷重が一瞬前に移るから、舵が効いてノーズがインを向いて、リアはアウトへ滑る。要するに、軽いブレーキングドリフトをしたような状態にするんだよ。これは頑張って練習あるのみよ!」
相変わらず、日奈子と来たら、小岩剣に絡みながら言うのだが、小岩剣のN‐ONEは四駆だ。
それよりも、今日はどうして夕方にログハウスに来てということになったのかが気になった。
「ワンコ君!」
と、玲愛が抱きつく。
「明日からお出掛けなんだ。草津温泉で、レースなんだよ。」
「あっああーそうでしたか。」
「それで、その準備をしていたんだ。だから、夕方に来てって言ったんだよ。あぁーーっ寂しくなるなぁ!」
玲愛は何かを求めている。
小岩剣は何か分らないが、日菜子が耳元で「頑張ってって言え」と言うので、
「えっと、その、レース、頑張ってください。」
「わぁーーっありがとう!」
玲愛は頬擦りする。
(こんなことされたの、姉さん以来。なんで、縁も所縁も無いこの人達とこんなことしてんのかなぁ。)
小岩剣は思うと、玲愛にキスされた時のことを思い出し、赤面し、思わず玲愛を引き剥がそうとしたら、
「はいはい。二人とも、夕飯の準備するよ。」
と、恵令奈が言う。
だが、二人ともの中に、小岩剣は含まれていないように感じた。
それがなぜか、寂しい。
今日の夕食は、表の焚き火でステーキを焼く。
小岩剣もそれを手伝おうとしたのだが、恵令奈と玲愛に、
「いい。ワンコ君はくつろいでいて。」
と言われる。
「でも、自分だけなんか、仲間外れみたいな気がして―。だって、3人が何かやっているのに、自分だけ何もするなって、俺、要らない人間に思われているような気がして―。」
本音である。
「じゃあ、お皿と、フォークとナイフ持ってきて。場所は分かるっしょ?」
と、日奈子。
「はい。持ってきます!」
たたたっと、小岩剣は食器棚へ向かう。
「ワンコ君って、案外、真面目なのかもね。」
と、日奈子は言う。
「いや、あれは単に、寂しがり屋なのかも。」
「ええーっ。じゃあ、私がいなくなって、寂しくならないのかなぁ。」
玲愛は小岩剣を見ながら言う。
「いえ。自分は昔から、一人暮らしでした。寂しさはありません。ただ、俺、要らない人間に思われるのが嫌で―。」
「嫌われないように生きようとしているってバレたら、かえって嫌われちゃうよ。不器用なりに頑張っているみたいだけど。」
かつて、三条神流や松田彩香に言われた事をまた言われてしまう。
先に風呂に入る事になった小岩剣。
何が起こるか、おおよその見当は付いた。
なので、自分が身体を洗っている最中に玲愛が入って来たところで予想通りだった。
「玲愛さん。お邪魔している身である自分がこんな事言うのはアレですが、一緒に入るなら入るで、最初からそう言ってください。」
「えへへ。背中流してあげる!」
「ちょっ!子供じゃ無いんですから!」
ジタバタ暴れる小岩剣を、玲愛は雪原のように白い肌で包み込み、小岩剣の身体を洗う。
「まっ!前は自分で洗えますから!」
本気で嫌がりながら身体を洗われ、湯船に入る。
玲愛は、小岩剣をかわいい弟と見ていて、小岩剣もそれには満更でも無いと思っているのだが、屈折した愛情表現には辟易気味だ。
「あの、草津のレース、頑張ってください。あと、自分も少し、やってみたいことがあるので、皆さんの不在の間、やってみます。」
それは、先程、三条神流に、加賀美の持つ、サンダーボルトラインのコースレコードを自分が塗り替えたと言われた時に思い立った事だった。
半露天風呂から星を眺める玲愛。
その姿は月の女神ディアーナ(ギリシャ神話ではアルテミス)のようだ。
玲愛は小岩剣の正面に来ると、ギュッと抱きしめて、
「頑張ってね。何をしたいのか解らないけど。交通事故には気を付けてよね。変な爺さんの車なんて、いつ、何をするのか、解らないんだから。私は、大切なかわいい弟を、交通事故の当事者とならなきゃ関わりも持たなかったどこの誰も分からぬ赤の他人に殺されたく無いから。」
と言った。
「居ない間に、家に遊びに来てても良いよ。帰るのは数日後だから。車の洗車とかするときはいつも止めるスペースを使って。後、何よりも、火の元には気をつけるんだよ。」
「ありがとうございます。それでは、帰る日に、ここで待ってます。」
それを聞いて、玲愛が微笑むが、やはり屈折した愛情表現には辟易気味で、その間、ずっと抱きしめている玲愛に、抱きしめ返すことは出来なかった。そして、より一層、「見ず知らずの年上の女の子に抱かれる淫乱野郎」と言う烙印が押されていくように感じた。
「ワンコ君。火の元もだけど、本当に交通事故にも気を付けてよね!変な爺さんの車なんて、いつ、何をするのか、解らないんだから!」
と、玲愛は言ったのだが、その最後の部分がやけに本気で言っているように感じたのが、小岩剣は気になった。




