11 AK50
(カート場?秩父鉄道の車内から見える所にもあったけど、これもその一つかな?覗いて見るだけ―。)
「あれっ?ワンコ君!」
と、玲愛が小岩剣を見付けた。
「いやぁ、見られてしまいましたか。あの、からっ風を走っていたのですが、誰にも会わなくて、どうしようかと思って―。」
「なんだぁ。だったら連絡入れてよ。ここに来てって言ったのに。」
ここは、赤城ディスタント・ムーンの三姉妹の職場だ。
玲愛と恵令奈はカフェ。日菜子はカフェが暇なときは、カートや車のチューニングをしているらしい。
AK50。一見すると、ロシアの代表的なアサルトライフルであるAK‐47を連想させる(なかにはアイドルの場合もある)のだが、店名の由来は、赤城山と、国道50号だそうだ。
まもなく、閉店のため、その用意をしていたが、そこに、小岩剣が入ってきたのだから、玲愛は大はしゃぎだった。
「なら、明後日はこちらにおじゃましましょうかねぇ。」
と、冗談交じりな事を言う。
こんなことを言えるようになった自分にも驚きだ。
(社交辞令か。でも、玲愛ったら本気にしちゃうよ。)
と、恵令奈は先ほど出て行った老夫婦が使った食器を洗いながら、苦笑いを浮かべる。
「ふーっ。ロールスロイスのタイヤ交換とオイル交換終了っと。おおっ!ワンコ君じゃん!」
日奈子も、小岩剣を見付ると興奮する。
「ちょっと。手ぐらい洗って。オイルまみれの手でワンコ君に触れるな。」
と、恵令奈。
「ほーい。」
「もうすぐ閉店だけど、お茶の一杯くらいサービスしてあげる。」
恵令奈は言いながら、持ち帰り用の紙コップにお茶を入れて持ってきた。
「あっありがとうございます。」
「他人行儀しないの。私のかわいい弟なんだから。」
と、玲愛。
店が終わる時間、三人姉妹と反対方向に車を発進させる小岩剣は、寂しく思った。
(なんやかんや、あの人達と居る時間が楽しいらしいんだな。俺。)
と、小岩剣は思う。
反対方向へ進む、三姉妹のロータスの姿をミラー越しに見ていたが、すぐに見えなくなった。
赤城南麓のログハウスに帰ってきた三人姉妹。
「日奈子。脅迫がまいに迫るのもいいけど、ワンコ君。本気でビビっていたよ。」
と、恵令奈が言う。
「嘘も方便よ。はったりかましただけよ。」
「はーっ。はったりでビビって、サンボルに小便まき散らしたらどうするつもりよ。」
恵令奈はデカイ溜め息をつく。
一方で、玲愛と来ればずっと、薄らリンゴ色の頬で火照った顔をしている。
(私も日奈子も、ワンコ君みたいなのがタイプだから分かる。もし、ワンコ君が私に惚れたら、私もこうなるね。でも、脅したらなぁ。)
と、玲愛の姿を見ながら、恵令奈も微笑んだ。
「玲愛って、ちょくちょくナンパされていたっけ。んで、電車乗るのが嫌になり、原チャリ買ったっけね。その玲愛が惚れた相手なら、無理矢理にでも押し留めてやりたいのよ。」
日奈子が笑いながら言った。
「ワンコ君、電車の運転手だけどー」
「良いよ別に。電車に罪は無いから。」
と、玲愛は目の前で、列車に跳ねられた自分達の両親を思い出した。
人身事故はよくある話だが、JR東日本、いや、全国的に見ても、前代未聞の事故だった。
日奈子だけがなぜ日本人のような名前で、恵令奈と玲愛は外国人のような名前なのか。
日奈子の母親は、日奈子を産んでまもなく、病死した。
その病死した母親が、死ぬ前に、自分の親友である別の女性を紹介した。
その女性が、恵令奈と玲愛の母親である。
恵令奈と玲愛の母親もまた、夫を交通事故で亡くした。
無謀運転する子供のチャリにぶつけられる格好で、橋から川に転落して死んだのだ。「子供のすることだから許してやれ」と、バカげたことを周囲は言ったが、当時、恵令奈を産んだばかりの恵令奈と玲愛の母親は欝になった。そんな姿を見ていられず、自分が病気で死ぬ際、最期の願いとして、日奈子の母は自分の夫に恵令奈と玲愛の母親を助けてやってほしいと言った。
その願いを聞いた日奈子の父は、日奈子の母の死後、同じく遺言通りの行動をした恵令奈と玲愛の母親と結婚。
後に玲愛を出産した。
彼女はロシアとハーフのイギリス人だった。
なので、イギリス人でも日本人でもロシア人でも発音しやすい名前を付けられた。
3人娘と、夫と共に過ごしながら、徐々に恵令奈と玲愛の母親は元気を取り戻して行った。イギリスの資産家の娘であった恵令奈と玲愛の母親は、欝の完治祝いに、夫と娘と自分用に車と別荘を買い与えられた。
それこそ、今、三姉妹が乗っているロータスと、三姉妹の住むログハウスだった。
そして、遂に4人目の子を身篭った恵令奈と玲愛の母親。
診察の結果、4人目も女の子であると分かった。前橋赤十字病院で無事に出産。
「美輝」と名付けられた女の子。日本語で「美しく輝け」と言う意味の当て字だが、ミラはロシア語にすると「平和」と言う意味になり、日本・ロシア・イギリス3カ国の平和と繁栄を願って名付けられた女の子は、まもなく、死んだ。
前橋赤十字病院を退院し、個人タクシーで帰路に着いた。
当初は、日本交通群馬支部のクラウンだったのだが、出産したばかりでおまけに、乳幼児を抱えたうえ、荷物も多かったため、その後で待機していた日産セレナの個人タクシーを回してもらった。だが、その個人タクシーで病院を出発したのだが、恵令奈と玲愛の母親がロシアとハーフのイギリス人と知ると、差別思想の強かったらしいドライバーがいきなりイカれた運転をし始めた。
そして、遮断機の閉まって居る踏切に突っ込んだ。
両毛線の踏切だった。そして、上り線を、臨時運行中のD51‐498牽引のSL「両毛」(客車は12系4両。後部にEF64‐37連結)とセレナの後部が衝突。
列車は前橋大島駅通過手前で、加速を終えて惰力走行中。蒸気機関車は非常汽笛(短声5発と長声1発)吹鳴と同時に単弁(機関車のみのブレーキ)と自弁(機関車と列車の全車両に対するブレーキ)を非常制動の位置まで使用したのだが、時速75キロで走る列車の5m前に現れた車に対しては無意味だ。タクシーの前部と後部は分離し、後部は吹っ飛ばされた上、 D51に潰され、 D51も脱線し横転した。結果、蒸気機関車とタクシーの踏切事故と言う大事故になった。
この事故で、タクシードライバーは逮捕されたが、後席にいた恵令奈と玲愛の母親と父、そして、産まれたばかりの美輝が死亡。助手席にいた玲愛は軽傷を負ったが、目の前で父と母と産まれたばかりの弟が、バカなタクシードライバーにより、列車に衝突されて殺されたショックから、自閉症に陥った。
このとき、日本交通群馬支部のクラウンのドライバーは本来、UDタクシーのドライバーだったのだが、日本交通側の都合でUDタクシーが動けず、クラウンで勤務していた。このドライバーと日本交通は「もし、UDタクシーを通常通り動かせていれば、悲劇を防げた」と、せめてもの罪滅ぼし程度で、三姉妹の援助を行っている。
そして、三人姉妹の特に玲愛は男女関係無く年下をみると、産まれたばかりで死んだ妹を思い浮かべてしまい、目の前で両親と妹が死んだ玲愛に至っては、未だ酷いショタコンである。




