第1話 超能力に目覚めたけど質問ある?
サイコキネシス、最もポピュラーな超能力だと思う。
なんというか、離れた物を手元に持ってくる。そう、テレキネシスって感じ。
超能力に気づいたきっかけは些細なものだった。小学生低学年の頃、飼育委員でうさぎ小屋の掃除をした後だった。
手を洗い、家でポテチを食べながら録画した『ぷいきゅあ』を見ていた時だ。体操服についた毛を指で摘んで手を離した時、その毛がエアコンの風に乗って、まるでゆっくりと落ちる羽のようにポテチの袋に向かって落ちていった。無意識にそのふわりと落ちた毛を念力で引き寄せた。
当時はそれをなんとも思わなかった。指を動かすのと同じように、一度自転車に乗れたら乗り方を忘れないように、重さのない小さなものなら動かせるようになっていた。
小学校4年生のころには、飼育小屋にいるフクロウのポーちゃんの抜けた羽根を引き寄せられるようになっていた。そして、その頃にはそれが普通のことではないということにも気づいた。でも、子供向けの理科のテレビで風船を擦って羽根を浮かせる実験を見て、俺の能力は静電気の一種だと思った。
俺は背が小さい。小学生の時は「前ならえ」で腰に手を当てていた。
足の速いやつは羨ましいし、運動ができるやつはモテた。しかし俺には無縁の話だった。帰ってアニメを見て宿題して寝る。友達と外で遊んだりゲームしたりすることもあるが、その程度だ。
だけど、今期の『ぷいきゅあ』が修行をしているのを見て、僕もやらなきゃ!と思ってしまったのだ。とりあえず腕立て伏せを5回、腹筋5回、散歩を10分。それが限界だった。
体育の授業は好きだ。でも俺は、致命的な運動音痴であることがわかって絶望した。かけっこではいつもビリっけつだった。
でも、小学6年生の頃には、離れたところにあるコップを手元に浮かせて持ってくることができるようになり、それが超能力であることも自覚的になった。
『ぷいきゅあ』達は自分たちが『ぷいきゅあ』であることは明かさない。だから、俺もそうするべきだと思った。
中学1年生。ひ弱でチビでポンコツだったけど、体力測定で握力を測ったら12kgだった。男子の中では最弱だった。女の子にも負けた。
その時の悔しさは、胸の中で煮えたぎるような感情だった。悔しさのあまり、家にある40kgの握力グリップを狂ったように両手で握って体重をかけて100回握った。翌日はとてつもない筋肉痛が襲ってきたものの、3日後には体重をかけなくても両手でなんとか時間をかけて1回握れるようになった。
これが成長か、と感動したのを覚えている。その日から、僕は握力と超能力を狂ったように鍛え始めた。
その頃には膨らませた風船を自在に操れるようになり、自分の超能力に多少のアイデンティティを感じていたし、なんなら特別な自分に少し酔っていた。
1年後、中学2年生の頃の体力測定で握力は45kgを記録した。多分、その頃は中二病だったからこそ、継続できたのかもしれない。
超能力の方も毎日鍛えた。握力グリップを握りながら、コップを念力で上げ下げ。負荷を感じなくなってきたら漫画を上げ下げ。徐々に重くしていき、水の張ったバケツを上げ下げ。今度は精密さを求めるために、コップの中の水だけを持ち上げるため、念力で形を作る練習もした。
ゲームでフレーム単位の正確な動きを指でできるなら、繊細な動きを持ち前のサイコキネシスでできるはずだ、と全力で鍛えた。筋力と違って、この一年でサイコキネシスの伸び代は凄かった。疲労は精神の方に来るものの、ひと月で車を浮かせることができたとき、一つの目標を達成したのだ。
サイコキネシスで、チビの筋肉ではできないことができるようになったことで、自分の中の自尊心が膨れ上がった。もっといろいろなことができるようになりたい。多感な時期にそう思うのは当然だった。
そこで、ふと思い至った。超能力を持つものは俺だけなのか?もし、超能力バトルにでもなったら、勝ち目はない。右手のサイコキネシスでバリアを張り、左手の念力でそのバリアを破壊する訓練を始めた。自分の念力で矛と盾を全力で鍛えるその行為の負荷は凄まじく、成長曲線も凄かった。おかげで念力の出力もかなり上がっていた。
超能力の漫画をいっぱい読んでできそうなことを片っ端から試した。
その中で、面白そうな能力を一つ開発した。不可視の念力で作った手を作り、手の射程を伸ばす。これは筋力と念力の出力が上がった今、ただ念力で物を上げ下げするよりも楽なことに気づき、愛用するようになった。手だけでなく、肩からも背中からもその念力の手を生やして自分の手と同じように動かせるようになった。
さらに精密にコントロールするための訓練を開始する。その訓練にはゲームでコントローラーを両手と念力の手で持ち、2人対戦するというものだった。どちらも自分ではあるが、これが意外にも脳の処理を刺激したのか、またたくまに念力の精密操作が身についた。
そして、念力のある暮らしに慣れてしまった頃、『ぷいきゅあ』でもお約束のあれをやってしまった。油断していたんだ。
お昼休み、給食を食べ終わってからすぐに、中学2年での飼育委員でトカゲのコモドくんに餌をあげながら、出目金のサトウに餌を超能力でパラパラとあげ、さらにはハムスターのハムタロサンのトイレを並行して念力で掃除していた時のこと。
クラスメイトのハナちゃんが、飼育小屋のコンセントに足を引っ掛けて転んでしまった。その瞬間、目の前がスローモーションのように感じられた。コンセントのコードが引っ張られ、水槽の上の空気ポンプが揺れ始め、次の瞬間、バシャっと音を立てて水槽が傾いた。
「あぶない!」
ハナちゃんが倒れるのと同時に、空中に浮かんだ水槽が地面に落ちるのを防ぐため、無意識に念力を発動させた。まず、水槽が宙に止まり、次にハナちゃんの体がふわりと浮き上がった。頭の中で念じると、視界の端にぼんやりとした青白い光が現れ、まるで見えない手が水槽とハナちゃんを同時に支えているように感じられた。
水槽の水がこぼれないように、ゆっくりと水平に保ちながら、念力でハナちゃんを安全な場所に移動させる。ハナちゃんが無事に地面に降り立つと同時に、水槽も元の位置に戻した。その瞬間、教室中が静まり返り、皆が自分を見つめているのに気づいた。
次の瞬間、先生が駆け寄ってきて、「大丈夫か?」とハナちゃんに声をかけた。しかし、その視線は自分にも向けられていた。クラスメイトたちも皆、口を開けたまま、呆然とこちらを見ていた。
「お前…今の…」
誰かが呟いたが、言葉にならなかった。俺はただ立ち尽くし、心臓がバクバクと音を立てているのを感じた。
翌日、俺は学校を転校することになった。
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