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9 物語であれば

 身支度を整えてから、ようやくフェリクス様がいるという隣室にマリアと共に向かったのだが。


「……フェリクス様?」


 窓辺の傍にある椅子に白髪の男が腰かけていた。


 手足を投げ出し、虚ろな青い瞳は外に向けられているが、きっと何も見ていない。


 私と同じく三日前からフェリクス様は、ここにいると聞いたのだが。


「……フェリクス様は、どこ?」


「あなたの目の前にいますよ。言ったでしょう? 今現在、彼は正気を失っているのだと。髪はショックで白髪になり、容貌もずいぶん変わりましたわ」


「違う! 違うわ! あの男は()()フェリクス様じゃないわ!」


 椅子に腰かけ、げっそりとやつれ、虚ろな目で窓から外を見ている白髪の男。


 とても、あの美しく自信に満ちていたフェリクス様だと思えない。


 正気を失ったとはいえ、三日で、これだけ面変わりするものだろうか?


 それだけ、愛する女を目の前で殺されたのがショックだったのか。


「あなたは彼の容姿だけを愛していたのですか? ああなった彼は愛せないと?」


「あの男は私のフェリクス様じゃないもの」


 フェリクス様が正気を失ったとしても、私の愛で元に戻せると信じていた。


 だが、これは元に戻すとか戻さないとか以前の問題だ。


 だって、あの男は、()()フェリクス様ではないからだ。


「ふうん。だったら、始末しても構いませんか? あなたが()らないなら、世間的には死んだ、正気を失った役立たずを置いておく理由はありませんもの」


 淡々と何でもない事のように、マリアは言った。


「置いておく理由がない」


「存在する価値がない」


 そう断定すれば、この子は人一人をあっさり始末できてしまうのだ。


「……私も殺すの?」


 愛する、いや愛していた夫が始末される事よりも、私は自分の行く末のほうが気になった。


「まさか」


 マリアは笑った。とても可憐な笑顔だが、私には不安を煽るものでしかない。


「殺すはずないでしょう? あなたは私の愛する玩具(お姉様)なのだから」


 やはり「玩具」と「お姉様」という言葉が重なって聞こえる。


「あなたがどうなっても、それこそ醜くなっても、おかしくなっても、愛せる自信がありますわ」


「……ただ傍にいればいいんでしょう? 私に何も望まないんでしょう?」


「ええ、私は、お姉様に何かしろとは望みません。私は、ただ、あなたの様々な顔を見たいんです。人を見下す顔、悔しそうな顔、そうそう、尊厳を踏みにじられた時、どんな顔をするのかも興味ありますわね」


「……なっ⁉」


 絶句する私に構わず、マリアは私を抱きしめた。私よりもずっと小柄な体、その細い両腕で抱きしめられても、さほどの拘束力はないはずだのに、私には決して解けない強固な鎖に感じた。


()()()()()()()()愛していますわ。お姉様。これからは、ずっと一緒ですわ」


 ――絶対に逃がさない。


 私を見上げるその翡翠の瞳は、そう語っていた。


 ――逃げられない。


 正気を失って殺されたほうが、きっと幸せだ。


 けれど、そんな未来(幸せ)をマリアは(わたし)に決して与えない。それこそ命尽きるまで彼女の残酷な戯れ(遊び)につき合わされるのだ。


 物語であれば、めでたしめでたしで終われる。


 けれど、ここは現実だ。


 死ぬまで物語(人生)は終わらないのだ。


 絶望に悲鳴を上げた私を妹はうっすらと笑って見ていた。

 






 










 


 







 









 











 



ストックが尽きたので、次話からの投稿は、しばらくかかります。申し訳ありません。

次話から「裏(三人称)」になります。章題通り、三人称で姉の知らない裏話やその後の話になります。

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