8 死ぬほど似合わない
すぐにでもフェリクス様に会いたかったのだが、三日間眠りっぱなしだった体は食事を欲したし、体臭も気になったので、このまま夫に会うのははばかられた。
なので、簡単な食事と入浴を済ませ、夫の元に行くためのドレスを選ぶためにクローゼットを開けたのだが。
「……このドレス」
クローゼットには、私が初めて目にしたドレスやアクセサリーもあったが、大半はマリアが私から奪った物ばかりだった。
「ええ、大半は私が奪ったドレスやアクセサリーですわ。お返ししますね」
そういえば、私が知る限り、マリアは私から奪ったドレスやアクセサリーを身につけた事はなかった。
では、なぜ、最初から自分が身につける気がなかったのなら私のドレスやアクセサリーを奪っていたのだろう?
その疑問に答えるように、マリアが言った。
「もうお姉様が人前に出る事はないですから、これからは遠慮なく、お好きなドレスやアクセサリーを身につけてください。どれだけ似合わないドレスやアクセサリーを身につけようと嘲笑される心配はありませんから」
「……似合わないって、私好みのドレスやアクセサリーよ。それに、自分で言うのも何だけど、私は絶世の美人よ。その私に、似合わないドレスやアクセサリーがないわけないでしょう」
自信満々な私に、マリアは呆れ返った眼差しを向けてきた。
「自分好みのデザインだろうと、絶世の美人だろうと、似合わない物は似合いませんわ」
マリアは、きっぱりと断言した。
「お母様は、別に、あなたに恥をかかせるために、似合わないドレスやアクセサリーを与えた訳ではないのでしょう。あの方、ご自分が基準でしたから、自分に似合って好みの物をあなたに与えただけでしょうね。けれど、それらは、ことごとく、あなたに似合わない物ばかりだったのですよ」
もしかしたら、マリアが私からドレスやアクセサリーを奪っていた理由は、自分が欲しいからではなく、似合わないドレスやアクセサリーを身につける事で姉が他人に嘲笑される事を心配していたからか?
「あなたに可愛らしいデザインやパステルカラーは死ぬほど似合いません。あなたの好みではないでしょうけれど、シンプルで寒色系の物がお似合いです。だから、ジョンソン公爵家では、そういうのばかり与えられていたでしょう?」
……マリアの言う通り、ジョンソン公爵家で私に与えられていたドレスは、私の好みからは程遠い物ばかりだった。
「でも、これからは、どうぞ遠慮なく自分好みの物を身につけてください。どれだけ似合わない物を身につけようと、ここで、あなたを嗤う者はいませんから」
そう言っているマリアの顔は大真面目だ。私を馬鹿にする感情は一切感じられない。
私はドレスを一着手に取って胸に当てると姿見に向き直った。
マリアは死ぬほど似合わないなどと言うが、私の目にはそう映らない。やはり絶世の美人の私に似合わないはずがないのだと納得した。
そんな私をマリアは、ただ微笑んで見ていた。