3 夫との衝撃の会話
結婚式こそ挙げていないが婚姻届けは提出しているので、間違いなく私は、フェリクス・ジョンソン公爵の妻、ジョンソン公爵夫人だ。
さっさと生家と縁を切りたかったので結婚式は後でも構わなかったし、フェリクス様のほうも両親を亡くし公爵位を継いだばかりで忙しく結婚式のための準備まで手が回らなかったのだ。私は結婚式を挙げない理由をそう思っていた。
自室も本館にある公爵夫人の部屋ではなく別館の客間だ。
ジョンソン公爵家に転がり込んだ当初は、当然結婚していなかったので、公爵夫人の部屋ではなく別館の客間を一時の仮住まいとして与えたのだろうと思っていたのだ。
そうでないと知ったのは、夫から衝撃的な話を聞いた時だった。
「……もう一度、仰っていただけますか?」
ここはジョンソン公爵家の別館の客間、私に与えられた部屋の応接間だ。
結婚したとはいえ仕事が忙しいのか、滅多にこちらに来ない夫が訪ねに来た事を素直に喜んでいたら理解不能な事を言われた。
そんな私に対し、フェリクス様は煩わしさを隠さない視線を向け溜息を吐いた。今まで、私が彼からされた事がない仕草だ。
「二度も言わせるな。本当に煩わしい女だな」
「……フェリクス様?」
仕草だけでなく私に向ける言葉も今までとは違う。横柄なだけでなく面倒で煩わしそうだった。
「今度は、ちゃんと聞けよ」
戸惑う私に構わず、フェリクス様は、はっきりと告げた。
「私の愛人が身籠った。形式上は、正妻との子になるから一応報告しておく」
言いたい事だけ言って応接間から出ていこうとする夫を私は慌てて呼び止めた。
「お待ちください! フェリクス様! どういう事か、ご説明ください!」
「どういう事も何も、言った通りだが?」
「私という妻がいるのに愛人がいたのですか⁉」
他の女性であれば、まず最初に「愛人との子を形式上は正妻との子にする」と宣った事を言及するだろう。血統を重要視する王侯貴族にとって戸籍の改ざんは、最悪の場合、家の取り潰しになるからだ。
けれど、私にとって一番気になる事は夫に愛人がいた事だ。だから、まず、それに言及した。
「貴族ならば、よくある話だろう。どうして怒るんだ?」
本気で訳が分からないと言いたげな夫に私の怒りが増した。
確かに、貴族の結婚は家同士の契約で相思相愛で結ばれている夫婦など稀だ。それ故、余程の醜聞さえ起こさなければ夫婦どちらも愛人を許容している。
だが、私達は相愛で結婚した夫婦のはずだ。
……少なくとも、私はフェリクス様を愛しているから求婚を受け入れたのだ。生家から除籍したかったからだけではない。
「……フェリクス様、貴方は」
私の胸に初めて疑念が芽生えた。
夫は、もしかしたら、私を愛していないのではないか?
結婚式を挙げないのも、妻を別館で生活させているのも、何より……未だに肌を重ねていないのも、それが理由ではないか?
「……私を愛しているから求婚してくださったのではないのですか?」
夫を、自分が唯一認め愛した男を信じたくて、一縷の望みをかけて問いかけた私に、フェリクス様は「何言ってんだ? こいつ?」という顔になった。
「何時、私が、お前を愛していると言った? 求婚した時も公爵夫人に相応しい聡明さがあるから妻にしたいとだけ言っただろう。公爵位を継いだものの、予想以上の責務で辟易したから押し付けられる女を探して、それが、たまたまお前だっただけだ。
そもそも、お前は私の好みとは真逆だ。私は可憐で儚げな女性が好きなんだ。お前の妹のような、な。だが、そんな女性に公爵夫人は荷が重いし、私も愛する女性を苦しめたくはない。だから、公爵夫人になれるに相応しい身分と才覚があるお前を妻にしたんだ。好みとは真逆なお前を抱きたくなかったから、子作りは愛する女性としたがな」
夫の本心を知りショックで何も言えなくなった私に構わず、フェリクス様は言葉を続けた。妻への気遣いなど欠片もない、傷つこうが泣こうが、どうでもいいと言わんばかりに。
「確かに、利用したが、お前だって私を利用しただろう? 両親への仕返しに公爵夫人としての権力を使ったし、生家との縁も切れた。何より、公爵夫人として何不自由ない生活をさせてやったんだ。感謝してもらいたいな」
青ざめて黙ったままの私を放置して、フェリクス様は今度こそ本当に部屋から出て行った。