↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/27

23 掌の上で踊る

 チャールズ()と会った翌日。


「えっ⁉」


 朝食後、マリアジェーン(まり)と共にリビングに移動し、家令のノア・ブラウンが恭しく運んできた新聞を読んでいた毬愛は、ある記事に目を留めると思わず声を上げてしまった。


「どうしたの? りあ」


 体こそエヴァンジェリンだが、人格は佐藤毬愛になったからか、彼女はエヴァンジェリン(毬愛)を「お姉様」ではなく「りあ」と呼ぶようになった。


 人格が前世(佐藤毬愛)となった当初は、マリアジェーン(まり)をどう呼んでいいか分からず、会話する時は「あなた」、心の中では「彼女」と呼んでいたのだが、彼女が自分を「りあ」と呼んでいるので、自分も彼女を前世と同じように「まり」と呼ぶようになったのだ。


「……まり、この記事」


 毬愛はテーブルを挟んだ対面のソファに座るまりに、広げていた新聞を見せ、人差し指で、ある記事を示した。


「ふうん、彼が家族を殺したのね」


 毬愛が示した記事を目で追っていたまりの表情も口調も、さして驚いていないように見える。


 新聞には、凌が、いや、チャールズ・ウィリアムズ侯爵令息が昨夜、両親と兄を殺したという記事が載っているのだ。ただし、なぜ、彼がそうしたのかという動機は書かれていない。


「分かってた? もしかして、そうするように仕向けた、とか?」


 前世とは違う。


 毬愛にチャールズ()に対する愛も関心もない以上、まりが彼と結婚する必要はない。排除しても驚かない。


「仕向けたわけではないわよ」


 まりは、天気の話をするように淡々と穏やかに話を続けた。


「ただ、人格が今生(チャールズ)だった時から、貴女の前世のお母様(ウィリアムズ侯爵夫人)に無意識に嫌悪感を抱いていたのですもの。彼女を見て、前世の全てを思い出して、そういう行動をとるかなとは思ったわね」


 まりも気付いていたのだ。チャールズ()の今生の母親、ウィリアムズ侯爵夫人が、前世の毬愛(エヴァンジェリン)の母親の転生だと。


「なるほど」


 毬愛は納得した。


 おそらく凌はウィリアムズ侯爵夫人(母親)だけを殺そうとしたのだろうが、止めに入っただろう父親と兄までも手に掛けてしまったのだ。


 前世云々と言っても、同じ転生者でない限り理解できない。だから、凌は家族を殺した動機を黙っているのだろうか?


「別に、役に立つのなら、このまま彼と結婚しても構わなかった。ただ、肌を重ねるのも、子を産むのも、煩わしかったから、それらは断固拒否したけど」


 人格がチャールズから凌になった彼が会いに来た時に、まりは「肌を重ねない事」と「出産しない事」を結婚の条件したのだと言っていた。


 彼の人格が今生(チャールズ)のままで結婚しても、夫婦の営みや出産だけは断固拒否するつもりだったようだが。


 おそらくまりは、相手が誰だろうと、肌を重ねる事や出産が煩わしくて嫌なのだろう。


「あなたが愛する鞠亜だと知って、そんな条件を守る気はなくなったんじゃない?」


 昨日、ついに、まりが凌に自分が彼の最愛の女(高橋鞠亜)だと告げたのだと、教えてもらった。


「承知したんだから守ってもらうわよ」


 守らないというのなら、まりは彼をためらう事なく排除しただろう。


 前世でも今生でも、彼女が「彼女」である限り、できない事はない。


 その可憐な容姿で、狡猾で酷薄な心で、切れる頭脳と巧妙な人心掌握で、人々を魅了して操り思い通りに事を運ぶだろう。


 今生の自分(エヴァンジェリン)がした事は全くの無駄だった。


 ノア・ブラウンが言っていた通り、社交界で、どれだけ実家の悪口を言おうと、マリアジェーン(まり)が当主である以上、スミス伯爵家が没落するなどありえない。


 エヴァンジェリンは、ざまぁしたつもりだった。けれど、結局は、マリアジェーン(まり)の掌の上で踊っていたに過ぎなかった。


 そして、それは、毬愛も同じだ。


「りあだけは私の掌の上で踊ってくれなかった」などと言っていたが、結果的に、まりは望みを叶えた。


 たとえ、それが、異世界転生という、誰もが全く予期せぬ出来事の結果であっても、毬愛を手に入れた。


 今のエヴァンジェリン(毬愛)は、まりがいなければ生きていけない。


 それを抜きにしても、毬愛は、まりから離れる気はないのだ。


 前世でも今生でも、エヴァンジェリン(毬愛)に、あれだけ強い想いをぶつけてきた人はいない。


 まりは命を懸けて、毬愛の中にあった凌への想いさえ吹き飛ばした。


 今の毬愛は凌を想っていた以上に、まりを愛している。


 身も心も()うるのが恋だというのなら、これは恋などではない。


 まりに劣情を抱いているわけではない。まりもそうだろう。


 命と引き換えに想いをぶつけてきたから、その存在が魂にまで刻まれ、まりを愛するようになった。それは確かだが、もし、まりが毬愛に厭きても、きっと自分は愛し続けるだろう。


「愛し返されなくてもいい。自分が愛していれば」というこの想いは、かつて凌に向けていたのと同じかもしれないが、あの時以上に、この想いは、執着は、強く深いものだ。


 きっと誰も理解できない。


 同性の友人に、血の繋がった妹に、こんな歪んだ想いを、執着を抱くなど。


 誰からも祝福されぬ禁忌の想いであっても。


 それでも、まりが毬愛に厭きるまで、傍にいると自分に誓った。


「どちらにしろ、彼との結婚はなくなったわね」


 別に、毬愛としても、凌とまりの結婚を邪魔する気はなかった。


 魂が同じでも、毬愛はエヴァンジェリンとは違う。彼女のような領地経営はできない。アダムが言っていた通り、政務とか事務とか、そういう事に向かない人間なのだ。スミス伯爵となるマリアジェーン(まり)の役には立てなかった。


 今はもう凌への恋心はなく、まりもまた彼に対する愛も関心もないと分かっている。まりが愛し、執着しているのは、この自分(りあ)だけだと。


 前世で佐藤財閥の当主の後継者として目されていたくらい有能な凌ならば、確実にまりの役に立っていたはずだ。


 スミス伯爵となるまりの助けになるのなら、まりが凌と結婚しても構わない。


 自分の代わりに、まりの助けになってくれるのなら、まりと凌が夫婦となっても心は騒めかない。穏やかなままだ。


 まあそれも、凌が犯罪者、しかも死刑は確実なので、結婚はなくなったが。



 



 






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。