20 どんなに美形でも馬鹿は嫌いだ
一通り話は済んだので、毬愛は部屋を出ようとして、「夫」が視界に入った。
毬愛と彼女が会話している間も、彼は椅子に座って虚ろに外を見ているだけだった。
「本当に、何でエヴァンジェリンは、こいつが好きだったのかしら?」
毬愛は、「夫」、フェリクス・ジョンソンに近づき、つくづくと彼を眺めた。
エヴァンジェリンは、彼の容姿が様変わりして恋心が消失ようだが、毬愛は、どれだけ美形でも最初から彼のような男は好きにならない。魂は同じでも、エヴァンジェリンと毬愛は、本当に真逆な人格なのだ。
どれだけ容姿が素晴らしくても、毬愛は馬鹿は嫌いだ。
傲慢でもクズでも、人格が破綻していても、容姿が良ければ全て許容できる。むしろ、傲慢ささえ、その美しい容姿を際立たせているようで、だから、前世で毬愛は凌を愛せたのだ。
けれど、馬鹿だけは我慢できない。
自分がするべき領地経営を妻に丸投げし、その間、愛人と戯れているだけでも呆れるが、愛人との子を形式上は正妻との子にしようとするなど正気を疑う。
血筋を重要視する王侯貴族にとって、愛人との子を形式上は正妻との子にするなどという戸籍の改ざんは、最悪、家の取り潰しになるのだ。
それを実行するなど、馬鹿以外の何者でもないだろう。
ジョンソン公爵家に忠誠を誓った使用人達は、秘密を墓場まで持っていくと根拠もなく信じていたのか。
裏切られた正妻が唯々諾々と自分に従うと本気で思っていたのか。
人の口に戸は立てられないし、愛人を殺そうとしたエヴァンジェリンが素直に従う訳がない。
それらを理解できなかったフェリクスは、本当に馬鹿なのだ。勉強はできたようだが、それだけで、真の意味で頭がいいとはいえない馬鹿で愚かな男だった。
「貴女、どれだけ美形でも、馬鹿は嫌いですものね」
彼女は、くすくす笑いながら言った。
「ええ、嫌い。だから、こんな男、あなたがどうとでもすればいいわ」
彼女はエヴァンジェリンのために、彼を生かそうとしたようだが、もう生かしておく理由がない。毬愛は最初から、こんな男は好きにならないし、消えたエヴァンジェリンも夫への愛は消失してしまったのだから。
「夫」を、いや、一人の人間の命を迷いなく切り捨てるなど許されないだろう。
けれど、毬愛は前世で、「妹」を、一人の人間を殺したのだ。本当は彼女ではなく夫を殺すつもりだったのだとしても、一人の人間の命を奪った事実に変わりはない。
いや、それを抜きにしても、「毬愛」となる前の今生の自分は、今生の両親を死にいたらしめたのだ。
「毬愛」となる前の今生の人格がした事であっても、今自分が生きるこの体が、魂を同じくしたエヴァンジェリンが、今生の自分が実行した罪だ。なかった事にするつもりはないし、いつか、その報いを受ける覚悟もある。
だから、自分が「殺す」人間が一人増えたところで今更だ。夫を切り捨てる事に迷いなどない。




