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2 私の主

 念願のジョンソン公爵夫人となった私が最初にしたのは、社交界でスミス伯爵家の内情(両親の自分達姉妹の露骨な扱いの差と妹が姉の物を何でも奪い、ついには婚約者まで奪った)を言い触らした事だ。


 そして、次は両親への復讐だ。


 実の親でありながら、妹娘(マリア)だけを愛し姉娘(わたし)を虐げていた奴らへの報復。


 ()()()の両親とは思えないほど愚鈍な二人に期待も関心もなかったはずだった。


 だが、公爵夫人となり両親より権力を持つ身となった今、自分を虐げていた両親への復讐をしたくなったのだ。心の奥底では自分への扱いに憤っていたのだと自覚した。


 マリアが通学している間に実家に行くと引き連れていた公爵家の屈強な護衛達に両親を地下牢に閉じ込めさせ、スミス伯爵家の使用人達に両親を絶対に地下牢から出さず水も食料も与えるなと命じた。彼らの主よりも権力を持つ公爵夫人からの命令だ。両親を見殺しにすると分かっていても彼らに逆らえるはずがない。


 妹には何もしなかった。


 私の物を奪い続けていた妹だが、彼女がそうなったのは本人の資質もあるだろうが両親の教育も大いに関係しているからだ。両親が親として、きちんと妹を教育していれば、姉の物を何でも欲しがる脳内花畑な甘ったれた娘になどならなかったはずなのだ。


 虐げているのも虐待だが、甘やかすだけなのも虐待なのだ。


 マリアもまた、あの愚鈍な両親の元に生まれた被害者だろう。


 だからといって、マリアが私の大切な物を奪い続けた事を許す気は毛頭ないが。


 今は幸せだから妹に怒りや恨みをぶつける気はない。


 両親へは多少の怒りや憎しみや恨みを自覚したが、妹に対しては本当に心底どうでもいい。


 それに、両親がいなくなり、スミス伯爵家を継ぐ妹は、この先苦労するだろう。


 優秀な家令がいても、私がばらした内情のお陰で、今現在スミス伯爵家は醜聞まみれであるし、甘やかされるだけで、ろくな教育をされなかった妹に伯爵位は荷が重いだろう。


 いずれ、生家は確実に潰れる。


 わざわざ私が妹に何かする必要もない。


 心残りは優秀な家令ノア・ブラウンだ。潰れるのが確実な生家に優秀な彼を残すのは忍びなかった。


 両親に虐げられていた時、ノアは私を庇う言動を何一つしなかったが、それは気にしていない。両親(あいつら)は一応ノアの主だ。部下が主に逆らえるはずがないからだ。


「ねえ、私と来ない?」


 両親を地下牢に閉じ込め後、後は帰るだけという時に、私はノアにそう言った。


 潰れるのが確実な伯爵家から格上の公爵家で働けるのだ。ノアは喜んでついてくると疑いもしなかった。まして、ジョンソン公爵家の家令は彼の実兄アダムなのだ。私達とは違って兄弟仲が悪いとは聞いていなかったし、兄が忠誠を誓う主家、しかも、自分の元主家の令嬢に再び仕えるのだ。断る理由などないはずだ。


「あなたほどの人を醜聞だらけで、いずれ没落確定のこの家に残すのは忍びないわ。だから、私と一緒にジョンソン公爵家に行きましょう。あなたを知れば、フェリクス様も、あなたを傍に置く事を反対なさらないわ」


「お断りします」


 黒髪黒目、端正な顔立ち、両親と同世代の家令ノアは、考える素振りを全く見せず即座に言った。


「どうして?」


 まさかノアが断るとは思わず心底驚いた。


「あの方がスミス伯爵家を継ぎ、()()()()家令をしているのです。没落などありえませんよ。何より――」


 ノアは私を見据えた。


「……ノ、ノア?」


 好意や敬意など欠片もない鋭い眼光で射竦められて私は怯んだ。この家令から、こんな眼差しを向けられた事はついぞなかったのだ。


「この私、ノア・ブラウンが尊敬し誠心誠意お仕えすると決めた主は、マリアジェーン・スミス様です。あなたではない」


「……あなたにとっては、私ではなくマリアが主なの?」


「ええ」


「どうして⁉ あの子のどこがいいのよ⁉」


 その有能さを認めている家令が私ではなく見下している妹をこそ主だと断言した事が信じられないから怒りに変わって私はノアに食ってかかった。


「見かけ以外の全て、あの方のほうがあなたよりも、ずっと上ですよ」


「……何言っているのよ」


 ノアが言っている事が信じられなかった。


 確かに、見かけだけは私と妹は比肩するだろう。それぞれ趣の違う美しさを持っているのだ。むしろ、きつい印象の私よりも可憐なマリアを好む人間のほうが多いのかもしれない。元婚約者もそうだったのだから。


 だが、それ以外の全てが妹のほうが私よりも上だと断言されたのは、信じられなかったし我慢できなかった。


「私のほうが、ずっとあの子よりも頭がいいわ!」


 貴族学園のテスト順位で学年で常に十番前後の私と違い、妹は確か元婚約者(妹の現婚約者)と同じく学年で常に真ん中あたりだったはずだ。


「テスト順位を頭の良し悪しの根拠にしているのなら無意味ですよ。あの方、テストでは手を抜きまくっていますから」


「え?」


「私には理解できない性癖ですが、(じぶん)を見下すあなたの顔を見たくて、わざとそうしているそうですから」


「は?」


 ノアの言っている事が理解できなかった。


「それと、あなたが両親に虐げられていても、私を含めて誰一人、あなたを助ける者などいなかったでしょう」


「……一応、あいつらが、この家の主ですもの」


 私にとって両親は生物学上の親でしかないので「お父様」「お母様」ではなく「あいつら」呼びだ。


「それでも、あなたに心酔していれば、誰か一人でも陰で助けるくらいはしたでしょう」


 ノアに指摘されるまで考えもしなかった。


 使用人達が私を助けないのは当然だと思っていた。主である両親が私を虐げていたから逆らえないだけだと。


 けれど、ノアは、それは違うと言う。


 誰か一人でも、私に心酔していれば、主だと思っていれば、陰で助けていたのだと。


「自分を理不尽に扱う両親を見下すのは理解できます。だからといって、自分以外の人間を見下すあなたを誰が助けたいと思います? あなたは自分が、この家を、家族を、婚約者を捨てたと思っているのでしょうが、私達もまた、あなたを捨てたのですよ」


 私は息を呑んだ。


 これもまた思ってもいなかった指摘だったのだ。


 学園でのテスト順位と両親の代わりに領地経営を見事に(こな)していた事で、私は有能さを、自分の価値を周囲に示していた。そんな私を捨てるなどありえない。


 だのに、ノアは先程はっきりと「私の主はマリアジェーン・スミス様」だと言い切った。私ではなくマリアに価値を置いているから私を捨てたと断言できるのだ。


「女伯爵や公爵夫人として充分やっていける能力はあるでしょう。だが、その程度では、とても()()()だと認められないのですよ」


「……マリアなら自分の主と認められると?」


 ノアの言う通り、マリアがテストでは手を抜きまくっていて本当は私よりも賢いのだとしても、あの子の性根は両親に甘やかされ、(わたし)の物を奪い続けてた愚鈍で甘ったれたものだ。そんなどうしようもない子をどうして彼ほどの人が主だと認められるのか心底理解できないのだ。


「ええ」


 頷いた後、ノアは、また私には理解不能な言葉を続けた。


「アダム(にい)、ジョンソン公爵家の家令は私以上に他人に厳しいので、どれだけ働かされても文句や泣き言など言わないほうがいいですよ。ジョンソン公爵家の実権を握っているのはアダム兄なので、彼が見限ったら、あなたは確実に公爵家を追い出されます。そして、戻ってきたあなたを待つ未来は、それはそれは悲惨なものになるでしょうね」


「は?」


 再三私には理解不能な言葉ばかりをノアが言ってくるので、もう「は?」しか出てこない。


「人としての尊厳を失いたくないのなら、もう二度とここには戻ってこないほうがいい。それが主家の元令嬢であるあなたへの最後の忠告です」


 どういう意味なのかと問いただそうとした私だが、ノアは、それからは何も言わず問答無用で私を(やしき)から追い出した。





 

 


 

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