18 バッドエンド(最悪)で目覚めた
よりによって、凌は毬愛の「妹」と再婚したいと言ってきたのだ。それも、毬愛と結婚して一月も経っていない頃に。
毬愛の「妹」。
名前まで奇しくも「まりあ」。
高橋鞠亜だ。
どちらも「まりあ」なので、毬愛は彼女を「まり」、彼女は毬愛を「りあ」と呼んでいた。
まりとは幼稚園の頃からの親友だった。父が「お前の異母妹だ」と言うまで、まりが「妹」だと知らなかった。まりのほうは最初から知っていて毬愛の親友になったようだが。
まりは父と父の愛人の娘、自分にとって異母妹になる女性だ。しかも、同い年の。最初から母に対する愛はなかったとはいえ、そして、母も父に対する愛と関心を消失したとはいえ、妻が妊娠中に浮気して子まで儲けるとは、夫として、父親として、どうかと思う。
さらに、呆れた事に、父の愛人、まりの母親は、父の元婚約者、凌の母親の異母妹なのだ(まりと凌は従兄妹になる)。元婚約者を忘れられなかった父は、彼女に似た彼女の異母妹を愛人にしたのだ。
最初は愛した女性に似ていたからという理由であっても、年月が経てば情が湧くようで、愛人とその娘を父は本当に愛したようだ。
だからこそ、凌が正妻の娘と離婚し、愛人の娘と再婚したいなどと言い出しても、あっさり許した。
自分の後継者として凌の能力を父は高く買っていたし、まりもまた自分の娘で、外見も能力も正妻の娘よりずっと上だったので、凌の妻になる者、父の事業を受け継ぐ者として、まりのほうが相応しいと思ったのだろう。
何より、父は愛した女性の息子と愛する娘が結ばれる様を見たかったのだろう。自分では叶えられなかった夢だから。
愛してもいない毬愛がどう思おうと斟酌する事なく――。
凌とまりの再婚の一番の障害となる母が、もうこの世にいなかったのも幸いだっただろう。
自分の娘と結婚させ、自分ばかりか夫の遺産も全て凌に残したいと思うほど彼に執着していた母は、他の愛人達への対応がおざなりになって、彼らは母への不満をくすぶらせていたらしい。それを利用して、凌が彼らに母を殺させたのだ。
生きていくために、母の愛人をしていただけで、母を愛していたわけではない。むしろ、自分の尊厳を踏みにじっていた母を嫌って憎んでいたと思う。そもそも凌の好みは、まさに毬愛の前世と今生の「妹」のような女性で、母は、その真逆だったのだから愛せなくて当然だろう。
毬愛がどれだけ「離婚などしない」と言い張っても無駄だと分かっていた。だから、離婚に応じる代わりに結婚式に招待させた。
無論、二人を祝福するためなどではない。
教会で神父の前で結婚の誓いをする二人、いや、花婿に向かって毬愛は突進した。手にはナイフを持っていた。
今生の人格は夫の愛人を殺そうとしたが、毬愛は夫を殺そうとした。
魂は同じでも、能力や性格などは、まるっきり真逆なのだ。
まりが凌を誘惑したのだとしても(実際は、凌が一方的に、まりに惚れただけだと分かっているが)妻を裏切る選択をしたのは凌自身だ。
だから、毬愛は夫を殺すと決めた。
突然の元妻の暴挙に誰も動けなかった。
このままなら確実に、毬愛は凌を殺せるはずだった。
だが、予想外の出来事が起こった。
花嫁が、まりが、凌と突進する毬愛の間に割り込んだのだ。手にしていたナイフは、まりの胸に吸い込まれた。
真っ白なドレスが、みるみる赤く染まっていく。
「……本当に……貴女だけは……私の掌の上で……踊って……くれなかったわね」
まりは微笑んでいた。呆れたような微苦笑だ。
愛する男が助かった安堵ではなく、また自分を殺す毬愛への怒りや憎しみでもない。
とても、こんな状況で浮かべるような表情などではない。
それだけで分かった。分かってしまった。
まりは凌を愛してなどいない。
彼女が真実愛していたのは――。
「りあ、――」
それを証明する彼女の最期の呟き。
彼女の眼差しは最期まで毬愛にだけ向けられていて、凌をちらっとも見なかった。
殺す相手が違っていた事、何より、間違えて殺した相手が自分を恨む事なく、予想外の想いを向けてきた事で、毬愛は呆然としていた。
そんな毬愛を凌が殺したのだ。
最愛の女を殺したのだ。
当然の行動だ。
その事で凌を恨んだりはしない。
そもそも、凌を殺したら、その後を追うつもりだった。
凌のいない世界で生きるつもりなどなかった。
それだけ、あの頃の毬愛にとって凌は全てだったのだ。
佐藤毬愛は死んだ。
そして、異世界のエヴァンジェリン・スミス伯爵令嬢として生まれ変わった。
転生したとはいえ、この十八年間生きてきた人格は、あくまでも今生のエヴァンジェリン・スミスで、前世の佐藤毬愛ではなかった。
全てを失い世間的には死んだ事になった最悪といっていい時に、自分が、前世の人格である佐藤毬愛が目覚めたのだ。
目の前には、「妹」がいる。
前世で自分が殺した「彼女」。
今生も「妹」となった、まりこと高橋鞠亜、いや、マリアジェーン・スミスが――。




