14 一目で心を奪われた
マグダレナが、あの女、エヴァンジェリン・ジョンソン公爵夫人を返り討ちにした翌日。
朝食後、家令を除いた使用人達がいなくなっていた。それも計画のうちだったのだろう。
見知らぬ男達がやってきてフェリクスとマグダレナの両手両足を縛り、生前、公爵夫人が暮らしていた別館の玄関先に転がされた。
本館から別館に引きずる際、フェリクスがあまりにもうるさいのに辟易したのか、彼は猿轡を噛まされたが、おとなしくしていたマグダレナは口だけは自由だ。だが、体力の温存とこれからの事を考えて黙っていた。
自分達を拘束した男達に見張られている。
フェリクスは気づいていないようだが、彼らは、ただの荒くれ者ではない。自分達を拘束した手口が手馴れていたのだ。暗殺や諜報活動を生業にしている者達だろう。
そういう人間達は主の命令で動く。ただ単に、娯楽や金目当てでは動かない。
彼らの主と自分達を拘束した目的を知らなければ、この事態を対処できない。
部下達に、すぐ殺させず、ただ拘束させただけなのだ。彼らの主は、マグダレナとフェリクスに接触する気なのだと思う。
その時をマグダレナは待っていた。彼らの主と交渉しない事には、この事態から抜け出せないと思ったからだ。
コンコンと扉をノックする音がした。
室外にいた男が扉を開けると、一人の人間が入ってきた。
フードを深く被ったマント姿で容姿は分からないが、マントから除く服装と体格で女性だと分かる。
見張りの男達の畏まった様子と女性の服装の生地や仕立ての良さ、何より、貴族特有の他者が従う事を当然と思う雰囲気で、彼女が自分達を拘束するよう命じた人間だと理解した。
女性はマグダレナに近づいてきた。
一目で高級品だと分かるパンプスに包まれた小さな足が目の前で止まり、その場で膝をつきフードを払った。さらさらと長いストロベリーブロンドが彼女の細い肩から零れ落ちる。
露わになったその顔に、公爵が息を呑むのが分かった。知り合いなのだろう。
予想通り女性だ。しかも、マグダレナと同年齢か年下かもしれない少女、それも、こんな荒事を命じたのが信じられない、華奢で可憐な美少女だった。
けれど、その美しい翡翠の瞳は外見の印象を裏切っていた。
狡猾でしたたかで、他者を圧倒するような強い意志に輝く瞳は、はっきりとフェリクスとマグダレナを蔑んでいた。
普通なら、この状況と相まって、自分を拘束するよう命じた人間の外見と内面の乖離に怯えるだろう。
けれど、なぜだろう?
マグダレナは一目で心を奪われたのだ。
自分を見る蔑みきった、その翡翠の瞳に――。
扇以上に重い物を持った事がないような、白くたおやかな両手がマグダレナの顔を掴んだ。決して強い力で掴んではいなかったし、その両手も貴族の令嬢らしく手入れの行き届いた滑らかなものだったので、触られると気持ちよかった。
むしろ、もっと触ってほしいとさえ思ってしまう。フェリクスに対しては一度として思った事はない感情だ。
彼女は、じっくりとマグダレナの顔を見ている。同性だから当然だろうが、欲を孕んだものではなかったが、自分と同じ人間に向けるものでもない、美術品や芸術品を検分するような、そんな眼差し。
決して好意的ではないのだが、今、彼女のその翡翠の瞳に自分が映っているという事実だけで、マグダレナには充分だった。
「美しいわね」
彼女はマグダレナの顔から手を離すと、しみじみと呟いた。
「お姉様と同じ銀髪にアイスブルーの瞳、だのに、印象がまるで違う。お姉様とは、また違った美しさだわ」
マグダレナの美貌を褒めるというよりは、ただ事実を述べているだけの淡々とした言い方だった。
「……貴女は、あの女、いえ、ジョンソン公爵夫人の妹君なのですか?」
この国で銀髪にアイスブルーの瞳の女など珍しくはないが、マグダレナの身近で、それに該当する女は、ごく最近亡くなったあの女しかいないし、何かの雑談の折に、フェリクスが妻には妹がいるのだと言っていた事も思い出したのだ。
マグダレナとの子を嫡出子にしたいフェリクスは、妻の死を伏せている。妻に社交させなかったし、公爵家が一丸となってあの女の死を隠しているので世間には広まってはいない。
だが、どういう経緯かは知らないが、目の前の彼女、フェリクスの正妻の妹は、姉の死を知って、その原因究明のために姉の夫の公爵と愛人である自分を拘束したのだろう。
「マリアジェーン・スミスよ」
彼女は、あっさり名乗った。顔をさらしたのだ。今更、自分の素性を隠す気はないのだろう。そもそも、こんな大それた事を実行したのだ。本当に見かけとは裏腹な豪胆さや胆力の持ち主なのだ。
「……お姉様の死因をお知りになりたいのですか?」
マグダレナの質問に対し、なぜか彼女は、くすりと笑った。その笑顔は外見に相応しい可愛らしいものだが、やはり、この状況には似つかわしくないものだ。
「こんな状況だというのに、あなたは落ち着いているわね。見かけ通りの女性ではないようね」
奇しくも、彼女のマグダレナに対する印象は、マグダレナが彼女に対して抱いた印象と同じようだ。
「わざわざあなたの口から聞くまでもないわ。教えてくれた人がいるから」
姉の死因を知った上で、姉の夫とその愛人を拘束したという事は――。
彼女の目的を正確に理解してしまったマグダレナは息を呑んだ。
マグダレナの様子に、彼女は、ふっと笑った。先程とは違い、妖艶さを感じさせるそれは、明らかに嘲笑だ。
だが、マグダレナは、先程の可憐な微笑よりも、彼女のこういう表情をこそ見たいと思ってしまった。彼女の本質に近いものだと分かるからだ。
「その様子では、私の目的が分かったようだけど、命乞いはしないのね」
どこか幼さすら感じさせる顔で心底不思議そうに訊いてくる彼女に、マグダレナは諦めた顔で言い返した。
「……そんな事は無駄でしょう?」
この短い会話でも、彼女がどういう人間か理解できてしまった。
他人にも自分にも興味がないマグダレナだが、人を見る目には自信がある。だからこそ、ずっとフェリクスが望むような自分とは真逆な性格の女を演じていられたのだ。
彼女の姉の死は自業自得だ。
自分を殺そうとしてきたあの女を返り討ちにしただけだとか、自分と腹の子を守っただけだとか、正論を口にしても意味がない。
彼女は全て承知の上で、ここにいるのだから。




